真如苑 お経。 真如に触れる 主な修行について

近づいてはいけない宗教?真如苑の評判とは?入信している芸能人も?

真如苑 お経

この記事の目次• 真如苑とは 出典: 真如苑とは1936年にスタートした仏教の真言宗系の新興宗教です。 開祖は伊藤真乗です。 伊藤真乗はもともとは石川島飛行機製作所のエンジニアとして働いていましたが、お父様から受け継いだ易学を研鑽していった結果、同僚の相談に乗ることが増え、それが評判になって、彼の信者のような人々が増えるようになりました。 このような経緯があって、伊藤真乗は1936年2月8日に会社を辞めて、妻と共に仏の道に入ることを決断したんです。 真言宗の醍醐寺の得度を受けて、修業を始めました。 真如苑ではこの1936年2月8日を立教開祖の日として、真如苑のスタートの日としています。 真如苑は東京都立川市に本部を置き、現在の信者数は国内外合わせて93万4783人とされています。 真如には次のような意味があるそうです。 さまざまな意味が含まれる仏教用語ですが、真如苑の「真如」には、今を生きる一人ひとりが、み仏の教えを学びながら、それぞれの生き方の中に幸せを見出していけるようにとの願いが込められています。 引用: 真如苑の特徴 真如苑の特徴を見ていきましょう。 真如苑は、次のような特徴を持つ宗教団体です。 真如苑の教義の3つの特徴 出典: 真如苑のホームページによると、真如苑の教義は次の3つが特徴とされています。 ・ 接心=自分と向き合う修行 ・ 法流=仏教の伝統の法 ・ 大般涅槃経=お釈迦様が悟りを完成されて、人間としての生涯を閉じるところを描く経典 この3つの特徴を考えると、真如苑は何千年にもわたり受け継がれてきた仏教の伝統の法を大切にしながら大般涅槃経を基本に自分と向き合う修行をするという宗教と言えるんです。 真如苑は在家仏教 出典: 真如苑は在家仏教です。 つまり、出家をすることはありません。 少し前には、幸福の科学で清水富美加さんが出家したことがニュースになりましたが、真如苑は在家仏教なので、このようなことはないのです。 開祖である伊藤真乗は、もともとは真言密教を受け継ぎましたが、密教の真理は出家しないと習得することができないため、より多くの人が修行できる道を模索しました。 その結果として、在家仏教という道を選択したんです。 1953年、ブッタの遺言の教え-大乗仏教の集大成ともいえる経典「大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)」を中心に(所依の経典とし)、誰もが修行できる信仰のあり方を体系化しました。 引用: この在家仏教としたことで、僧侶以外の人でも修行をしやすいですし、入信するのにハードルが下がったため、信者数が100万人近くにまで増えたのかもしれません。 事件を起こして危機的状況になった過去 真如苑は1936年に立教開祖しましたが、今まで順風満帆だったわけではありません。 一時は危機的状況に追い込まれたこともあります。 そもそも、真如苑は1936年からずっと「真如苑」という名前だったわけではなく、何度か名称を変えています。 戦後は宗教法人令が公布されたことで、「まこと教団」という名前にしていました。 1950年にまこと教団の管長だった伊藤真乗は元信者の男性に修行という名目で体罰を受けたと訴えられて、逮捕されています。 実際は伊藤真乗はこの体罰にはかかわっていなかったことがわかりました。 また、体罰は宗教上の行為として無罪になりましたが、伊藤真乗は監督不行き届きとして、有罪判決を下されています。 新興宗教のトップが体罰事件で逮捕されて有罪になったというのは、当時でもセンセーショナルな事件として扱われ、危機的な状況に陥りました。 この事件は「まこと教団事件」と呼ばれていますが、これ以降に教団の立て直しを図るため、「真如苑」という名前に改称しています。 社会貢献を盛んに行っている 真如苑は社会貢献を積極的に行っていることも特徴ですね。 現在は全国約5500ヶ所の駅や公園で清掃活動を行っていますし、真如苑救援ボランティアである「SeRV(サーブ)」を発足させて、いろいろなボランティア活動を行っています。 災害時に被災地でボランティアを行ったり、環境保護活動や文化伝承の継承、福祉への貢献などを行っているとのことです。 また、海外への社会貢献も行っています。 カンボジアのアンコール遺跡の修復事業や小児病院の支援、スリランカの幼児教育施設の支援などが代表的な活動です。 このほか、次のような団体も積極的に支援しているとのことです。 石橋貴明 生年月日:1961年10月22日 出身:東京都板橋区 身長:182cm 所属:アライバル 血液型:A型 活動:お笑いタレント とんねるずの石橋貴明さんは、真如苑の信者という噂がある芸能人ですね。 石橋さん自身が真如苑に入っているという確かな情報はありませんが、ご両親が真如苑の熱心な信者だったという情報があります。 また、前妻の岩田雅代さんも熱心な真如苑の信者だったという情報があります。 ご両親が信者で前の奥様も信者だったら、石橋貴明さんも真如苑の信者ではないかというわけですね。 ただ、親や配偶者が信者だったとしても、自分は入信しないという人もたくさんいますので、本当に石橋貴明さんが真如苑の信者なのかはわかりません。 2.高橋惠子さん 高橋惠子 生年月日:1955年1月22日 出身:北海道川上郡標茶町 身長:162cm 所属:ブロウアップ 血液型:AB型 活動:女優 女優の高橋惠子さんも、真如苑の信者です。 これは、以前に雑誌のインタビューで答えていますね。 中学卒業後に芸能界入りした高橋さんは、プレッシャーから自殺未遂をしたり、若手作家と海外に逃避行するなど、かなり波乱万丈な10~20代を送っています。 27歳の時に、映画監督の高橋伴明さんと結婚されていますが、旦那さんに連れられて、真如苑に行き入信することになったそうです。 入信以降は落ち着いているようですので、高橋さんにとっては真如苑の信仰は心の支えになったのかもしれませんね。 3.島田陽子さん 石原真理子 生年月日:1964年2月4日 出身:東京都 身長:160cm 所属:フリー 血液型:O型 活動:女優 石原真理子さんも、真如苑の信者ですね。 これは、ご自身のブログで告白しています。 真如苑の正門で殺人未遂が起きるとは、大問題であります。 そこに仏はもういないということ、代わりに別の仏が来そうですよ。 私が86年12月最後から1年間と少しだけ友人の誘いで訪れたその場所は、86年の段階ではおじさんおばさん、おじいさんにおばあさんばかりでした。 引用: なかなかすごい文章で、ちょっと読みにくい部分はありますが、この中で石原真理子さんは1986年ごろから真如苑の信者になったようです。 そのころは、信者の芸能人は石原さんくらいしかいなかったそうですよ。 9.鈴木蘭々さん 酒井法子 生年月日:1971年2月14日 出身:福岡県福岡市 身長:157cm 所属:オフィスニグンニイバ 血液型:B型 活動:歌手、女優 酒井法子さんも、真如苑の信者では?という噂があります。 これは、覚せい剤事件の時に噂が出ましたね。 まず、1992年に酒井法子さんが真如苑に入信したというニュースが報じられました。 そして、覚せい剤事件の時には、酒井さんは逃亡しましたが、山梨県身延山で携帯電話の電話をキャッチしたそうです。 そして、山梨県身延山には真如苑の教団施設があって、そこでかくまわれていたのではないかという噂が出たんです。 「失踪から2日後くらいに、酒井がある新興宗教の信者で、その教団施設に逃げ込んでいるのではという情報が出回った。 警察が、教団施設のある山梨県身延山で酒井の携帯電話の微弱電波をキャッチしたことから情報が一気に広まり、マスコミが現地に殺到した」 引用: 薬物逃亡事件の時は、真如苑がかくまっていたのかもしれませんね。 あくまでも噂ですが。 14.中居正広さん 出身:東京都 活動:映画評論家 「小森のおばちゃま」こと小森和子さんも、雑誌の「マルコポーロ」で真如苑の信者であると報じられた芸能人の1人ですね。 また、先ほど紹介した桃山学院大学社会学編集に掲載されている沼田健哉著「真如苑の研究」という論文にも、小森和子さんは、真如苑の信者の芸能人として名前が挙がっています。 雑誌でも論文でも、信者として名前が挙がるなら、小森和子さんが真如苑の信者というのは信ぴょう性が高いかもしれませんね。 真如苑の評判はヤバい?危険?と言われる6つの理由 真如苑はボランティア活動を積極的に行っていますので、評判は良いはずの新興宗教なのですが、実際の評判はさほど良くありません。 良くないどころか、評判は悪いということもできるんです。 Twitterなどでは「真如苑はヤバい、危険」などの評判もあります。 なぜ、真如苑の評判は悪いのかを見ていきましょう。 勧誘はネズミ講状態 真如苑は新興宗教ですから、積極的に信者を獲得しようと勧誘活動を行っています。 一般人からすれば、勧誘されること自体が迷惑なのですが、真如苑の勧誘はネズミ講のようなものという噂があります。 ネズミ講的な勧誘ってヤバいですよね。 真如苑は勧誘の実績を修行成績としてみなします。 つまり、たくさんの人を勧誘すればするほど、良い修行をしていて、教団内での地位も上がっていくという仕組みですね。 そして、自分が勧誘した信者が勧誘して信者を増やせば、自分の地位も上がっていくことになります。 ネズミ講式の勧誘システムは、どう考えても危険だしヤバいですよね。 だから、真如苑の評判は悪いんです。 お布施・献金の強制 真如苑ではお布施・献金も修行とされています。 だから、信者は必死になって献金します。 うちの母がおばの影響で真如苑に入ってます。 真如苑中心の生活で私のことなんて気にかけてもらえたことがありませんでした。 宗教なんて嫌いです。 違うとこにお金を使って欲しい。 お布施なんて馬鹿みたい。 引用: しかも、真如苑は勧誘時には「お布施なんてないから」、「献金の必要はないから」のように言うのだそうです。 それなのに、いざ入信してみると、お布施・献金を強制されるため、真如苑の評判は悪いんですね。 信者自身はそれが修行だと思っているので、献金することに疑問を持っていませんが、その家族が不満を持つことが多いようですね。 開祖が逮捕されている 真如苑の評判が悪い理由の3つ目は、開祖が逮捕されていることです。 先ほど説明しましたが、真如苑は「まこと教団」という名前だった時に、開祖の伊藤真乗が暴行の疑いで逮捕されています。 結局は伊藤真乗は無関係だったという結論になったようですが、教団内で体罰があったことは事実です。 当時は体罰は宗教的な行為だったとして無罪になっていますが、現在の価値観からすると、いくら宗教的行為でも体罰はヤバいですよね。 また、いくら無関係だったとしても、逮捕されたという事実は残ります。 だから、真如苑の評判は悪いと言われてしまうんです。 傷害事件があった 真如苑の関係者は2014年に事件の加害者・被害者になっています。 傷害の疑いで逮捕されたのは、立川市に住む元信者の51歳の男です。 男は4日午前6時すぎ、立川市柴崎町にある宗教法人「真如苑」総本部前の路上で 職員の男性(56)の腰を刃物で刺してけがをさせた疑いがもたれています。 引用: これは真如苑の元信者が真如苑の総本部前で真如苑の職員(信者)を刺したという事件ですね。 加害者と被害者には面識がないとのことですし、加害者は「人と思わなかった」という斬新な供述をしていますので、事件の本質はわかりませんが、概要を見る限り、かなりヤバいですよね。 こんな事件があれば、真如苑の評判が悪くなるのは当然だと思います。 後継者争いが醜い 真如苑は後継者争いがヤバいです。 開祖の伊藤真乗には4人の娘がいましたが、後継者争いがヤバかったようです。 最初は長女が後を継いで遺産も全部相続する流れだったのですが、三女が長女を追放して、後継者として君臨することになりました。 しかし、真如苑は、初代会長〔父親〕の死後、4人姉妹で、骨肉の争い、 跡目相続〔教団の後継者〕と財産分与で、大問題を起こしました。 最初は長女が全てを相続したが、後に長女を追い出し、三女が後継者〔 会長〕に就任しました。 此れでも宗教と云えるのでしょうか。 引用: ちなみに、次の後継者は開祖の直系ではなく、普通の信徒で事務局員の人だそうです。 これについては、信者からかなり不満の声が上がっているようですね。 家庭崩壊することもある 真如苑は家族の誰かが入信すると、家庭崩壊に至ることもあるようです。 信者は洗脳状態になってしまい、家族よりも真如苑を優先するからですね。 真如苑は低レベルのカルト教。人を洗脳し、家族崩壊をさせ、金をむしり取り、現実逃避をし、人を騙す詐欺集団— t800asp t800asp うちがやってる宗教があまりにもうざいので名前をだしてやる。 真如苑です。 こいつらお経で「三段腹腹張りたやうん」とか集団で言ってます。 家族崩壊が直ったとか言ってるやついるけどそれと同じくらい家族崩壊してる人もいるからね。 近々俺が消されたら犯人は多分信者だなっw— もぅ、無理だぁ… Junext25 また、家族1人が入信すると、本人に黙って家族全員を入信させているというケースもあるようです。 このようなことがあると、どうしても真如苑の評判は悪くなりますよね。 まとめ 真如苑の特徴と芸能人・有名人、評判が悪い理由などをまとめましたが、いかがでしたか?真如苑は社会貢献を積極的に行っている宗教団体ですが、評判が悪い部分があることは事実です。 真如苑に勧誘されたら、冷静な目できちんと判断して、「ヤバい!」と思ったら距離を置くようにしましょう。

次の

何かあった時の為に、関わった人間として真如苑の問題点について簡単に触れときます:サダの橙大冒険

真如苑 お経

真如苑にはいることによるメリットとデメリットについて教えてください。 (真如苑の信者・元信者に限定) 私は無心教ではあるものの、正月には神社に、稀に座禅を組みにお寺に行ったり、なんとなくそのような事が好きなものです。 友人が真如苑に入会(?)しており、興味があるのなら、一緒に行ってあげても良い旨の連絡を受けました。 本サイトを含め真如苑の状況が分かってきたのですが、具体的なメリット及びデメリットが分かりません。 本サイトで得られた真如苑の内容を要約すると、 メリット 1.有難いお説教や接心が受けられる。 接心(具体的にどのような内容か不明) (悟りが開ける?) デメリット 1.時間がかかる。 その頻度について不明。 2.お金がかかる。 だけれども、そのうち数万円となる。 また、衣装等にお金がかかる。 具体的に幾らなのか不明。 3.E. 競争心を煽られる。 これらのA~Eについて詳細と真如苑にはいることによるメリットとデメリットについて各人の意見を信者の方、元信者の方に限定して詳細な内容を教えていただけないでしょうか。 ちなみに一度だけは行って見たいとも考えていますが、一度行くとどうなるのか? 恐怖心を煽られて継続して行かないと行けなくなることは避けたいのですが・・・。 また、一度行くと友人にどのようなメリットがあるのでしょうか。 更に、その後、二度と私が行かなくなるどのようなデメリットがあるのでしょうか。 長い質問ですが、A~Hのどの点に絞っても結構ですので教えてください。 以上、よろしくお願いいたします。 =A・Bについて= 接心は、アテモノ・予言とは異なって、自らの力で道を切り拓く、その指針・方向を示すものです。 自らの努力が重要で、「お告げの通り、言われたまま」では何も得られません。 イスラーム神秘主義では、「心を鏡のように磨くのが修行」とされます(井筒俊彦「イスラーム思想史」)。 また人は、自らの姿を知ることが最も困難、とも言います。 鏡に映すように、自らの課題に覚醒するのが接心と、私は考えています。 仏教の修行とは『戒定慧』で、接心はそのうちの定、つまり禅定で、いわば3分の1です。 慧つまり智慧が、仏教の教理で、お経をとなえる事もその一部です。 涅槃経だけでなく、般若心経・法華経・舎利礼もよくおとなえします。 戒とは、仏教徒として守るべき、生き方のルールです。 「お説教」とお尋ねにあるのは、この戒・慧について法要で話される内容の事と思います。 最も大切なのは、『世のため人のため』という心で、それを道徳・倫理ではなく、信念として固めるのが、この教えだと思っています。 =C= 法要は、正味1時間10分程度です。 禅寺では、掃除・食事の準備も大切な修行とされています。 自分が捨てたゴミではなくても、一心に掃除することは、いわば「お経を身体で読む」ことだと思います。 ただし強制は一切ありません。 喜びで行わないと、何の意味も無い。 むしろ有害です。 =D= 私が支出しているのは、月2000円程で、これもムリに支出するなら有害です。 =E~H= 同じ教徒と切磋琢磨するのは、励みになりますが、「競争して勝ちたい」となってしまうと我執です。 励みを、いかに我執とせずに、自らの人格を磨くか?が課題だと思っています。 仏さまがバチを当てるなど、ありえない。 「世のため人のため」と行動しているか?が問題で、そこから外れない事が重要と思います。 ご友人と、損得ではなく、もしご縁があればずっとおつき合いが続いて、それがお互いの修行になります。 元信者です。 真如苑のデメリットは、カルト新興宗教ですので、私の母の場合のように真如苑のマインドコントロールに犯されてしまうと、その家庭は崩壊し、真如苑にさらにのめり込んでいき、さらにマインドコントロールにはまっていきます。 私の場合は母が受けた真如苑の鑑定接心のせいで結婚をしたかった相手と別れならねばならなくなり、その後うつ病にかかり自殺を考えるようになりました。 その様な状態でも、私の母は真如苑の偽霊能者の嘘の霊言を否定する事は無く自分自身を否定しているようです。 カルト宗教のマインドコントロールに犯されてから普通の状態に立ち直ることは非常に困難です。 私の母の場合は、もう手遅れだと思います。 今から真如苑に入信するかた、少しでも真如苑に対して疑問がある信者の方はコールドリーディング、ホットリーディングについて学ばれると良いかと思われます。 真如苑の接心修行はこれらの偽占いのテクニックが用いられていますので、そのテクニックを知る事により接心修行が子供だましの偽占いである事に気づいていただけると思います。 コールド・リーディング ホット・リーディング みなさんいろいろな主観で書かれていますが、率直に申し上げます。 真如苑とは純粋な仏教教団です。 あなたが、宗教的な体験をしてみたいと望むのであれば比類なくすばらしい体験をできます。 他の宗教グループと比較したら、迷うことなく正真であると明言します。 自身のこころの裕福をねがうのが一般的な『幸福』なのかもしれません。 『自身の裕福』をのぞめば、『他の裕福』を願わずににはいられない、それが本当の心の裕福であることを体験から得られるのが真如苑の教義です。 あなたの個別の質問内容は、個人レベルの受け取り方によって結果はさまざまになるとお答えするのが正しいでしょうか。 私は10年くらい真如苑で学びましたが、現在は離れています。 まがりなりに僧階の授与にいたりましたが、自らの半生を省みたときに階の授与をいただくにいたって、 まだまだやり残していることを自身の中に感じました、現在もそのテーマに独自に取り組んでいます。 『他がために』真如苑の人たちは、以外に簡単に口にします。 あなたが真に他人の幸福を願える人になれた時、質問の答えが現れることだとおもいます。 やってみてください、けっして無駄とか、だまされることはありません。 いつでもやめることはできます。 嫌なら嫌と自己表現できる、自由な信仰です。 何の義務も、脅しも、不幸も起こりません。 あなた自身のポテンシャルを見出せる信仰のスタイルです。 すべては、あなた自身です。 なにも強いられるようなことは、一切ありません。 特別に信仰と考えることもないとおもいます。 自己啓発の手段だと、かんがえてみてはいかがでしょうか? やってみて、そんをすることはありません。 それだけは、確実にお伝えしたいと思います。 真如苑にはいることによるメリットとデメリットについて教えてください。 私は無心教ではあるものの、正月には神社に、稀に座禅を組みにお寺に行ったり、なんとなくそのような事が好きなものです。 真如苑の方は周りの方に仏に仕えるように仕えていくのが根本です。 本サイトを含め真如苑の状況が分かってきたのですが、具体的なメリット及びデメリットが分かりません。 友達家族職場 周りの方と触れ 話し 初めてその人がわかるように、真如苑にも 自分から確かめに行き、空気に触れ はじめて 真実がわかるのではないでしょうか サイトで わかったようなことをゆう 、、そこがまず問題ではないでしょうか 本サイトで得られた真如苑の内容を要約すると、 メリット 1.有難いお説教や接心が受けられる。 それでは世間のスーパーと一緒です。 まず一度行き、なにかを感じ、感じたことにより いくならいくいかないならそれもよし。 とゆう言葉をあまりにも軽く考えすぎではないですか?密教はまず口にはあらわせないような、ものも多いですよ。 だからといってシャーマンではありません。 そこを自分で確かめにいく。 それが大事です。 接心で聞いて悟りが開けるなら、修行を重ねる必要もないですね。 一度で終わります。 経典を読み悟りが開けるならそうゆう大学にいけばいいのですよ その大学はみんな悟りが開けますね。 デメリット 1.時間がかかる。 六波羅蜜とゆう出家の修行を 在家の私達ができるように集約したもののひとつが 朝のご奉仕です。 その頻度について不明。 週に一度のかたもいれば 週三日、 毎日、 のかた また何時間もかけて、 早朝奉仕の場所に車にいかれるかた、 2.お金がかかる。 だけれども、そのうち数万円となる。 また、衣装等にお金がかかる。 (かかります 200円。 でも中に行けば ハワイの飲料水、無料、 冬は暖かい暖房 夏は冷房、、大きな法要ではお供物が無料でくばられ、 200円がそんなにおかしいですか? そのうち数万円。。 それはお施餓鬼やお護摩のことですね。 数万円もいかないですよ。 そのかたそのかたによりちがいます。 世間では 運命も変えもできない占いで、1時間一万だの、 祈祷代でいくらだの。。 真如苑は 先祖ご供養に一人500円です。 具体的に幾らなのか不明。 普通の方で充分やってけます。 たぶんありえない 良心的な場所ではないでしょうか。 私は入って18年。 あなたが今思う気持ちもはじめ自分もそうでしたからわかります。 でも 普通の 庶民でやってけます。 3.E. 競争心を煽られる。 たぶんあなたがゆってる競争心はいい意味での競争心なんだとはおもいますが。 涅槃経はなにが主旨かだけでも わかれば、よいのかなと 思いました。 どうにもなりません あ~落ち着くいいとこだなと感じるひともいれば、 やはり神聖な場所なので なにか感じ 泣いているひともいます、 深いですね。 一度いってどうなるのかなど なにか俗っぽすぎてお話しになりませんが 変な期待をされているなら おやめになったらどうでしょうか? そうゆう場所ではありません。 恐怖心を煽られて継続して行かないと行けなくなることは避けたいのですが・・・。 また、一度行くと友人にどのようなメリットがあるのでしょうか。 あなたのようにああだこおだとゆう 人と一緒にいって、仏さまの前に お連れして そのお友達は大変だと思いませんか? 大変ですよ。 いちいちゆうわけですから。 メリットはその中でも あなたが 真如苑の善さをわかり、喜んでくださる日がきたときに、 とても同じくらいうれしく感じる そのときのうれしさではないでしょうか H. 更に、その後、二度と私が行かなくなるどのようなデメリットがあるのでしょうか。 デメリットは、、、誰にでもおこりうる 生涯の中の 喜びも苦しみも、、とくに苦しみの運命のほうでは、、 苦しみのままでおわってしまうことでしょうか。 接心をいただくと 苦しみも苦しみでない 視野(心)をいただけます。 とゆうか 気づいていくことができます これはあなたさまが今おいくつが存じませんが 人はだれでもよくない運命も持ち合わせながら生きていて、 その違いは 生涯 死ぬまでで、大きな デメリットではないでしょうか。 では 失礼なことも申しましてすいませんが 無事 貴方様が ご精進されることを 願っております。 最後に しあわせになれる ところですので がんばってくださいね。 (経験者より) メリット。 孤独な人に友達が出来る。 精神の病にある方の精神が安定する。 デメリット。 あること無いこと言い掛かりで指導される。 組織貢献をしつこく勧められる。 盲信となるよう勧められる。 多くのお金を払っても、お金がかからないと思うようになる。 救われていないのに救われていると思うようになる。 教主に騙されているのに、騙されていないと思ってしまう。 勧誘すれば出世できるので、嘘をついてでも勧誘するようになる。 >文部省の認定もあり、修行重ねると、ちゃんと僧階も頂けます。 僧階は、各宗派が勝手に与えるものですから、文科省の認定ある僧階は、無いです。 >メリットとしてはちゃんとやるならば完全に幸せになれるということです。 ちゃんとやっていても、息子が事故で亡くなったりします。 その場合は、「修行が足りないからだ」と言われます。 まず入信して確かめるのがよろしいです。 ただし、最小限のお金と時間に留めないと、後で詐欺に気付いた場合に後悔します。 がんばってください。 現役の教徒です。 宜しくお願いします。 何か・・不安のようですね(^^)。 無理もないですが・・。 A: 教えが解り易く入ってくるようなお話が法要時の読経後あります。 涅槃経の解説と言うのではなくて、社会での生かし方、心のあり方みたいなお話しですかね。 個人的感想では何十年聞いていても「なるほどねぇ~」と感心するお話ばかりです。 接心 この修行は真如苑独特のものです。 禅に近い修行ですが色々と個人的な修行の仕方を教えてくれます。 これも個人的感想では何十年頂いていても「なんでそんなに凄いの?!」と言う内容です。 1.時間がかかる。 最初から喜びで頂ける事ではないですよね(笑)。 なので「デメリット」と言い切ってしまうのも最初は解りますが(笑)。。 まぁ、修行ですから。 やってみるところに解ることばかりですからね。 本当に苦痛だったら辞めてみては如何でしょう。 誰も強いる事はしませんから。 その頻度について不明。 早朝奉仕は大体週1~2、隔週など場所によってさまざまです。 でもいつもいかなくてもいいし、遅刻してもOKです。 心が大切なので。 「やらせて頂こう」と言う気持ちが大切です。 できた、できないの結果は大切じゃないんです。 この辺がこの教えの凄い所です。 接心は月に1回は頂いた方がいいかと思います。 接心があると1日苑で時間が潰れる事は否めませんね。 初心の頃はとってもこの時間が苦痛でしたね。 でも接心頂くのがそれ以上に楽しみだったりもしました。 2.お金がかかる。 だけれども、そのうち数万円となる。 強要されません。 数万円になってたら私、生きていけません。 ご安心を。 私、生きてます(笑)。 でも、1ヶ月200円は本当です。 年に一度、1年分納めます。 でも、お精舎に行けば冷暖房完備でトイレは綺麗だし食堂のお茶もタダだし。 月に200円分以上は使ってると思ってます。 それも1家族なので、家族全員で真如教徒の人は割安ですね。 D:衣装代 何もないです。 ご奉仕の日は皆さんにお仕えする日なのでジャケット着用になりますね。 でも手持ちのものでOKですよ。 競争心 何もないです。 仏道ですから。 我の強い己の心との戦いはありますね。 私の場合。 1度だけ行く、と言っても、法要を見たいなら入信手続きはとらないとなりません。 でも、一見の価値はあると思いますのでお薦めはしますが・・。 入信したくないならきちんとその旨は伝えた方がいいでしょう。 また、一度行くと友人にどのようなメリットがあるのでしょうか。 入信用紙を書いて頂くと、自分の所属としての実績にはなります。 でも毎年「更新手続き」と言うのがあるので手続きをしなければ2年間の後に自然退会になります。 本当のメリットはもっと深くて心に頂いていくことです。 行かなくなることでのデメリットは何も無いですよ。 今と何も変らないだけの事です。 他の方にもありましたけど、1年やってみてイヤだったら辞めてみてはいかがかと思います。 この教えは深いですけどシンプルでとっても解り易いので1年やってみると自分の答えが出ると思いますよ。 はじめまして。 母親と親戚一同が真如苑教徒で、その家族会員の者です。 メリット 1.お説教や接心の具体的な内容 受け取る側によって説教くさかったり、ありがたいお言葉だったりするようです。 メリットと取るかデメリットと取るかは、本当にその人の心次第だと思います。 内容は、霊能者の人と向かい合って座り、座禅を組みます。 すると霊能者の人が話だします。 今の自分の悩みをズバリ言い当てられる事もあるし、全然関係ない抽象的なことを言われて終わることもあるし、もっと教えを歩まなければなりませんよと注意されることもあります。 私は最初全然信じてなかったので「全然信じてないですね」と言われて驚いた記憶があります。 宗教を科学的側面から捉えようとしていた友人は、しょっぱなから「この教えは科学で解明できるものではありません」と言われていました。 (勿論こちらはなんにも言わず座っているだけです)接心マスターの母親によれば、接心を受けることによって今起きている問題の原因(因縁)と解決法が分かってくると言っています。 しかしこれで悟りが開けるのとはまた違うと思います。 2.デメリット 時間はかかります。 法要の後に接心があるので、セットで受けようと思うと週末1日つぶれます。 さらに熱心な方は土曜早朝にボランティアみたいな感じで町の掃除をします。 さらにさらに熱心な方は平日の家庭集会(勉強会)、また教団中枢を担いたい方は何年かかけて学習(学校みたいなものです)がありますから、ハマるとプライベートは全て真如苑になります。 しかしこれは全く強制ではないので、お経だけ読んで帰ったりとか、時間は自分でコントロールできると思います。 私はお経のリズムとかが好きで聞きたくて行っているので月1回とか決めてます。 もちろん熱心な方には「随分マイペースねえ」と言われますが。 3.お金 接心は1回1000円、年会費は2400円ですかね。 HPとか見れば料金体系は載っていると思います。 質問者様が心配しておられるのはその他にかかるであろう「お布施」的なものですよね?これは払うも払わないのも自分の自由なので、あと強制されたり「払わないと悪いことが起きるよ」などと言われたりすることも(その人が真の宗教者ならば)ありえないことだと思います。 仏道を極めてすごい霊能者になってやる!と思えば、頑張ってくださいと言うしかないというか 他 1度行って、自分に合っていると思えば、たまにでも顔を出すとよい気分転換になるのではないでしょうか。 私事ですが初めて般若心経が読めるようになった時は嬉しかったですよ。 そういう目的で行ってもいいんじゃないでしょうか。 2度と行けなくなった場合、友人が異性なら困ってしまいますね、なぜなら誘った側は誘われた側の面倒をずっとみなければならないからです。 退会届を出せば連絡はしてこないと思いますが、例えば恋人を誘って、その後別れたりした場合は面倒なことになるような気がします。 ので、そういう話し合いは事前にしておくのがベストかも。 私もあまり熱心な信者ではないので、もし的外れな助言だったらごめんなさい。 あと、あまりハマるとなんでも真如苑のせい、真如苑のおかげになってしまうのが怖いな、とも思うのです。 「当てもの」を期待して行っても苑の場合はダメですし。 苑の基本姿勢は自分自身の修行と、他人の幸せのために。 が大原則だと私は苑に通って思いました。 しかし信仰はあくまでも自分の心身をより豊かにするための添え木。 やっぱり人の意見に流されず、1歩引いた冷静な判断が必要かなと、考えているところです。 知らない世界への入門ですから当然の不安ですね。 メリットとしてはちゃんとやるならば完全に幸せになれるということです。 私の家庭は他宗教をしておりましたが10年しても救われることはありませんでした。 真如苑で言われるがままに取り組んだら1年とたたずに家庭的な人間関係、経済苦などが救われました。 真如苑はそのようなご利益を求めるための教えではありませんが、お任せしたときそれらが叶いました。 何より、余計なことにとらわれなくなるのでとても生きてて楽です。 デメリットとしては 真如苑は普通にお参りに行って手を合わせてお願いするだけではあまり意味がないことです。 物事を修めるには時間と労力とお金がある程度かかりますが、真如苑も同じです。 お参りというより修行をする場なのでそれなりに努力がいります。 結論としてはやるのなら1年間バリバリに頑張ってやってみて合わないと思えばおやめになるのがよいと思います。 真如苑と普通の宗教の違いは、真如苑は仏教徒(修行を積んだ寺を預かれるレベルの教師)を育成すること。 他宗では単にお願いごとが中心でしょう。 そしてその修行は心の修行なのでかなり厳しく感じられるということがあげられます。 ここで質問するより、実際に行ってみて自分で確かめるほうがよいと思いますよ。 私も自分で確かめて、この教えは確かだと思って今でも求めさせていただいてます。 Q 同僚が真如苑という宗教に入会してしまったようです。 友人に連れられて一度集まりに行った際、自分と子供の入信届を書いてしまい、年会費とやらで2600円払ったと言っています。 冷静になって考え、やはり退会したいと言っております。 その紹介した友人の話では、 辞めたければ自由に辞められる。 この間辞めた人は、紹介者である自分が苑に行った時に退会の手続きをした。 登録した同僚本人が出向いて書類を書かなくても、本当に脱会出来るのか不安そうです。 紹介してくれたのが友人である為「退会手続きしてきてあげるよー」との言葉に、「いや。 心配だから自分で行く!」とは言いにくいみたいです。 でも、自分が行かなくても脱会が可能なら、二度と施設には行きたくないと言ってますが、詳しい方の回答をお願いします。 A ベストアンサー 私は自分で退会してきました。 2008年4月入会、7月退会です。 まず、会員番号を紹介者に教えてもらえなかったので、本部に番号を教えて欲しい。 と問い合わせをしましたが、最寄りの精舎に出向いて本人確認ができないと教えられない。 と、言われました。 (この際、退会の話はしない方がいいかもしれません。 私はしませんでした。 ) 次に私は最寄の精舎に電話をして退会の手続きができるか聞きました。 できます。 との回答をもらったので早速でむき、除籍届に記入して除籍となりました。 除籍届には会員番号が必要ですが、本部でこちらで本人確認ができれば 教えてもらえる。 と言われました。 と伝えると、本人確認の内容に答えたら速やかに教えてもらえました。 私の紹介者はベテランの会員ですが、除籍届の存在すらわからない。 と言っていました。 紹介者にはこの事実を説明して代わりに除籍届を記入してもらうことも可能だと思われます。 その際は必ず除籍届の写しの原本を受け取ってください。 届を出せば必ずもらえます。 除籍届は他の様々な届の書類が並ぶ棚に置いてあり、会員なら誰でも手に取れるところにありました。 紹介者があてにならない場合はどんどん自分で動く事をお勧めします。 私は自分で退会してきました。 2008年4月入会、7月退会です。 まず、会員番号を紹介者に教えてもらえなかったので、本部に番号を教えて欲しい。 と問い合わせをしましたが、最寄りの精舎に出向いて本人確認ができないと教えられない。 と、言われました。 (この際、退会の話はしない方がいいかもしれません。 私はしませんでした。 ) 次に私は最寄の精舎に電話をして退会の手続きができるか聞きました。 できます。 との回答をもらったので早速でむき、除籍届に記入して除籍となりました。 除籍届には会員番号... A ベストアンサー せっかく怒って見せたのに、反応がなくてつまらないので、勝手に回答?を重ねます。 私は週刊誌にも大きく取り上げられた教団に1年間通ったことがあります。 さしたる悩みはなく、お金も持って無さそうだと見抜かれた私は教団にはどうでもよい存在だったから、教団を抜けるというよりは自然と通わなくなったことで縁も切れました。 大きな仏像の前での勤行は、宗教独特の雰囲気があって心持ち良かったですね。 今でもたまにもう一度味わってみたい、なんて思うことがあります。 ただ、本気にはなれなかったですね。 これがやめた理由です。 教団というものは乗り物だと思っています。 交通手段にバスとか電車とかあるのと同じだと。 楽チンだけど行き先が不透明だから、いまは徒歩で神仏の望まれる人間になれるようにと頑張って?います。 Q 真如苑の信者でこの教えに出会って約一年経ちました。 軽い気持ちで入信しましたので、真面目にやっているわけではないんですが…。 なので、正直まだ疑わしいところもあります。 真如苑には接心修行というものがあります。 真如苑の方々は、迷うことがあれば接心に頼り自分の進むべき道・答えを決めているように思えます。 人に言われた道を進むよりも、失敗はするかもしれないけど自分で選んだ道を生きたいように生きる方がずっと素晴しいことなんじゃないかなって思ってます。 だから、今後真如苑を続けるかどうか迷っています。 そこで質問です。 実際に接心で言われた通り行動を移した結果、人生うまく行ったもしくは行っている人っているんでしょうか?体験談等もありましたら是非お聞かせいただきたいです。 A ベストアンサー 私は、真如苑に関しては、まだ不安内の部分が多くいという点では、ちょっと申し訳ありません・・・、と、前置きしておきます。 私の友人で、熱心な真如苑の信者さんがいます。 真如苑の学校にもいったらしく、スジガネ入りです。 彼女に誘われて、昨年、美術展にいきました。 入信をすすめられるのを想定し、ネットであらかじめ真如苑については下調べをした上で、行きました。 この宗教の信者さんは、何となく、金銭的にゆとりのある方が多い雰囲気です。 実際のところはわかりませんが、ガツガツと強引に勧誘しようという感じではありません。 日産の羽村工場跡地をこの宗教法人が買い取った話と言い、ネット情報で「お金持ちを相手にする方針」というのを見ていたので、友人に 「ずいぶんゆとりのある方が多いですね。 」 と話したところ、 「違うの。 たとえ無一文で始めた人も、この宗教を信心していると、自然に裕福になるの。 」 とのことでした。 もちろん、接心修行がどこまで効果のあるものかは知ることができませんが、質問者様は誰かに生き方を決めてもらう必要はないのではないでしょうか。 言われたことを無視した行動をとった結果、たとえ、他人からみて失敗と思われることになっても、それが失敗かどうかは、いつ、誰が判断するのでしょう? たとえ借金ができようと、恋愛で失敗しようと、人生のなかで、取り返しがついてしまえば、あとでより大きな幸せへのきっかけとなるかもしれません。 それが失敗だったのかどうか、人生終わるとき、本人にしかわかりません。 質問者様は、人が決めた「失敗しないはずの人生」(本当にそのとおりかどうかは別ですが)を生きるために生まれてきたのではありません。 また、すでに、何が失敗なのかを人に判断してもらう必要もありません・・・、と、思うのですが、いかがでしょう。 ところで、質問者様は、宗教に何を求められますか。 「現生のご利益」でしょうか。 自分の行動を判断するよりどころでしょうか。 キリスト教や、他の宗教にもあるように、「わが身を犠牲にして他人を助ける」という人もいるようなものは受け入れられませんか。 もちろん、どちらでもかまいません。 宗教で対立すると、殺しあいも起きます。 宗教は、目の前のご利益で判断するほど、安易なものではありません。 宗教の本質(全然難しい本ではありません)についてのお勧めの本があります。 ミシガン、ハーバード、マサチューセッツ工科大学で学んだ社会学者が、とてもわかりやすく書いたもので、立ち読みで十分(十分、ほしくなる本)です。 小室直樹著「日本人のための宗教言論」徳間書店 私は、真如苑に関しては、まだ不安内の部分が多くいという点では、ちょっと申し訳ありません・・・、と、前置きしておきます。 私の友人で、熱心な真如苑の信者さんがいます。 真如苑の学校にもいったらしく、スジガネ入りです。 彼女に誘われて、昨年、美術展にいきました。 入信をすすめられるのを想定し、ネットであらかじめ真如苑については下調べをした上で、行きました。 この宗教の信者さんは、何となく、金銭的にゆとりのある方が多い雰囲気です。 実際のところはわかりませんが、ガツガツと強引... Q 婚約した途端、彼に家族全員創価学会だと告げられました。 隠されていた事がかなりショックでしたし、私は創価学会についてよく知りません。 でも、結婚するなら入信するよう、彼の家族は言っています。 私がショックで、彼が脱会してくれなければ、結婚をやめるというと、しょうがないね、と言われました。 彼は熱心な学会員ではないらしいのに、です。 私の家族は浄土真宗(一応)ですが、彼が創価学会ということについても何も反対していません。 ただ、友人知人が、もし私が入会するなら、私とはもうつき合えない、と言います。 人に聞いてみても、創価学会に対して良い感情を持つ人はいないようです。 私自身、学会には色々矛盾を感じています。 でも、彼にそこを聞いても、世間の間違った思い込みだと言われます。 私は仏教には関心があるのですが、創価学会も仏教なんですよね? それなのに、私には学会員が何を信仰して、何を目的としているのか さっぱりわかりません。 学会員に聞いても、よくわかっていないようなのですが… しかも仏教の教えについて批判さえしています。 それでは、創価学会とは一体なんなのでしょう? そして、どうして非学会員のほとんどが学会を毛嫌いするのでしょう? 学会の方、非学会の方、両方の意見が聞きたいです… 婚約した途端、彼に家族全員創価学会だと告げられました。 隠されていた事がかなりショックでしたし、私は創価学会についてよく知りません。 でも、結婚するなら入信するよう、彼の家族は言っています。 私がショックで、彼が脱会してくれなければ、結婚をやめるというと、しょうがないね、と言われました。 彼は熱心な学会員ではないらしいのに、です。 私の家族は浄土真宗(一応)ですが、彼が創価学会ということについても何も反対していません。 ただ、友人知人が、もし私が入会するなら、私と... A ベストアンサー 困りましたね・・・ 現在私は学会員ではありませんし、過去会員だったこともありません。 そもそもが宗教自体に頼ろうとは思っていないので、将来も恐らく入信しようと思うことはないでしょう。 ただ、過去自分が担当していた仕事上のお付き合いから、中央のかなりの地位の方々や地方組織の然るべき方、また一般の会員の方々に至るまで、様々なお立場の方々を存じ上げておりましたので、投稿させていただきました。 仕事でしたので、かなり冷静に見つめてきたつもりです。 長くなりそうですが、お付き合いください。 創価学会は日蓮正宗各寺の信徒団体 各寺檀家の、寺をまたいだ横のつながり だったものが、異様に大きく膨れたものです。 本来の教義についてはNo. 5様のおっしゃるとおり、オウムのような悪い考えではありません。 どちらかというと、むしろ世界の平和を求めている宗教です と、彼らは言っています。 歴史的にはそもそも「日蓮」自体が排他的だったそうですし、「日蓮正宗 大石寺 」は「日蓮宗 身延山 」と袂を分かち日蓮の教えを正しく受け継いだはずですが、本来、日蓮正宗寺院の檀家であった創価学会は本山 大石寺 のご僧侶とも袂を分かち、もう10年位前に破門になっています 学会の仕切る葬儀には僧侶がいません。 つまり、本来の日蓮正宗からも離れ、特定の個人崇拝になって、ますます排他的・独善的になっているということです。 私は仕事上のお付き合いでしたので、部外者の目で内部のことを見聞きする機会がとても多くありました。 守秘義務がありますので、ここでその一つひとつを例示するわけには参りませんが、特定の個人とその周辺を中心にした組織の仕組みには、私個人としては首肯できないものがありました。 No1様のおっしゃる「巨悪」が真実かどうかは存じませんが、さもありなんと思うところがあるのは確かです。 逆に、日常生活レベルではいいこともあります。 毎日朝晩、正座して背筋を伸ばして腹から声を出してお題目 南無妙法蓮華経 を唱えれば、冬場に風邪を引きにくくなる程度のご利益はあるのではないでしょうか。 まぁこれは冗談です。 学会では地域の会員達の集まり 各地の「会館」で行われるものと、もう少し狭い範囲の「地域の世話役」の自宅で行われるものとがあります が頻繁に行われます。 組織も年齢、性別や職業 学生・主婦含む で複合的になっていますので、複数の会合に出席することもあるようです。 昨今隣近所のお付き合いも減り、また、2世代3世代が一緒に暮らす大家族ではなくなりましたので、年寄りの知恵の伝承もなされず、例えば子育てをするヤングミセスにも苦労が多いと聞きますが、学会の地域での会合に出ることにより、フラストレーションが解消される、例えば子育ての先輩の知恵が伝承される、困った時に助け合える、何よりも同じ価値観を持つ仲間がいるなど、町内会やご近所付き合い的な効果により、彼らはとても明るい生活を送っています。 学会員は、それぞれ「仕事」と「家庭」の他に、地域社会でも熱中できる対象を持っているわけですから、それはそれで幸せなんだろうな、ちょっとうらやましい人生かもしれないな、などとふと思うことがあります。 これを、「だまされている」というのは簡単です。 でも、これが宗教なのです。 創価学会に限らず宗教は皆そうなのですが、信じない人から見れば全く理解できません。 価値の尺度が異なるので、私たちの判断基準と合わないのです。 インチの物差し 学会 とセンチメートルの物差し 一般 ではゼロ以外に一致する個所はありません。 偶然2本の定規の線がそろう所もあります。 そこが一般社会との窓口です。 ですが、ゼロからの長さは同じでもインチとセンチですから、お互いに相手の尺度で測らなければ、やっぱり何だかよくわからないのです。 お香典を全部持っていってしまうのも、インチの世界に入って見れば、地元組織として一種の互助会的に対応していると言い換えることも出来ます。 一般に毛嫌いされるのは、「あなたのため」と、学会の考えを強要するように感じさせるからです。 実は彼ら一般会員は善意なのですが、センチの領域に入ってこようとしないからです。 これは最初に書いた日蓮自体の排他的な歴史の流れと、第二次大戦中の弾圧への反動もありますが、昭和40年代ごろの全国的に行われた強引な折伏 これにより大きな組織になった が、「学会は・・・」という評価を定着させてしまったことが大きいでしょう。 試しにインチの世界に入って見れば 1~2ヶ月一緒に活動して見れば ひょっとすると何か分かるかもしれません。 ただ、No1様ご指摘のような、裏と表までは見分けられないでしょうが・・・ いやなら戻ってこられるうちに戻ってくればいいのですが、おそらくその時は彼とはお別れしなければなりません。 きっと「金縛り」から逃れる時のように、思い切った動きが必要でしょうから・・・。 みんな良い人たちだし、結構楽しいし、このままでいいやと思えば、あなたには新しい世界が開ける代わりに、今のお友達とは縁遠くなる可能性があります。 今の状態のままで結婚なさっても、ご両親が熱心な学会員であればいつかは入信することになるか、さもなければ価値観の相違に耐えられなくなるかのいずれかのような気がします。 困りましたね・・・ 現在私は学会員ではありませんし、過去会員だったこともありません。 そもそもが宗教自体に頼ろうとは思っていないので、将来も恐らく入信しようと思うことはないでしょう。 ただ、過去自分が担当していた仕事上のお付き合いから、中央のかなりの地位の方々や地方組織の然るべき方、また一般の会員の方々に至るまで、様々なお立場の方々を存じ上げておりましたので、投稿させていただきました。 仕事でしたので、かなり冷静に見つめてきたつもりです。 長くなりそうですが、お付き合いくだ... Q 何年も会っていなかった同級生と最近またつきあいが始まって自分はうれしかったんですが。。。。。 なんかある日、その子がお守り?お札?みたいなもんを持ってきて、自分にくれると言い出しました。。。。 なんか強引だったしおかしいなーと思って、お守り?に書いてある文字をネットで調べたら、真澄寺と書いてあるのは真如苑という宗教のことらしいんです。。。 (真澄寺とか星供とか) もっと調べたらそれはお守りじゃなくて星札というらしい、でもこれをもらうためには名前とか生年月日とかいるらしいんです。。。。。 自分の知らないところで名前が勝手に使われるなんで、なんかいやです。。。。 でもその子は自分(私のこと)のためにいいことしたって感じで正直こっちは???で何それ意味わかりません。。。。。 でも友達なんで「名前かってに使ったの?」とかあんまり言い出しにくいんです!! でも不安なんです!!! やっぱり友達が星札を申請(?)したとき、自分(私のこと)の名前とか生年月日とか書く必要あったっていうか、書いたんでしょうか?? それ他のことに使われたりしないですか????。。。。。 そのこは同級生なんで自分(わたし)の生年月日も住所もメアドも全部知ってるんです!! 何年も会っていなかった同級生と最近またつきあいが始まって自分はうれしかったんですが。。。。。 なんかある日、その子がお守り?お札?みたいなもんを持ってきて、自分にくれると言い出しました。。。。 なんか強引だったしおかしいなーと思って、お守り?に書いてある文字をネットで調べたら、真澄寺と書いてあるのは真如苑という宗教のことらしいんです。。。 (真澄寺とか星供とか) もっと調べたらそれはお守りじゃなくて星札というらしい、でもこれをもらうためには名前とか生年月日とかいるらしいんで... A ベストアンサー 少し補足させてください。 仮に入信になっても行かなければ何もありません。 それこそオウム真理教が起こしたようなテロでも苑が起こさない限り、質問者さんが訳のわかんない新興宗教団体に名前があって気分が悪い。 以外はありません。 もちろんだからと言って許されることではありませんが、質問者さんが信仰しない限り悪影響は無いです。 この点はどうか心配しないでください。 とはいえ、勝手に入信届を書いているのなら、それこそ私文書偽造という犯罪になりますし、この団体、会費の請求は勧誘者に行くので隠されると一生自分が信徒だと露見しません。 私の親はここの信徒なので関係信徒も含めて接したことがありますし、信仰に依存しすぎた親を家族で説得しましたが、残念ながら反対されることも事前に予言(笑)されており、親は当たった!(家族が反対するのは当たり前のことなのに!)と考え余計に真に受けていきました。 あげく、信じていない他家族は可哀そうなんて言い出した時は殺意を覚えました。 何が言いたいかと言うと、理屈やこちらの気持ちは通じにくいです。 前回のにも書きましたが、そこで感情的に接するとかえってこじれることは頭の片隅に入れておいてください。 逆切れされて、逆に質問者さんに対してネガティブなことをまわりにされても不利になるので、事前に「困っちゃって」くらいのことはまわりに言っておいたほうがいいです。 相手に対しては、人によってはこの手の人は断られ慣れているので、あっさり引く場合もあります。 一番の釘をさす方法は「私は興味が無い、これ以上、同じことを私やまわりにやるなら、苑にあなたの名前を出してクレームを入れる、学校にも、あなたの両親にも伝える。 同じことを二度とやらないで!、私に対して悪いうわさを流しても同じ。 」とくぎを刺すのが多分一番効果的です。 繰り返し書きますが、この団体に限らず新興宗教で怖いのは一般的な信仰より過剰な依存心や信仰を持つ人が出やすいことです。 おたすけ=勧誘という教理がある以上、信徒は勧誘をするでしょう。 勧誘した結果、相手が依存してしまい相手先の家庭が崩壊しても(うちは崩壊しました)、勧誘者は絶対に責任を取りませんし、取れないはずです。 個人の中で信仰し、まわりに迷惑をかけないのなら何も私は批判しません。 質問者さんが困惑しているような状況を作っても平然としていて悪びれもしない、そういう性質になることこそがこの手の新興宗教団体の問題の一つだと私は思います。 なので、何も問題が無い団体だとは思えません。 少し補足させてください。 仮に入信になっても行かなければ何もありません。 それこそオウム真理教が起こしたようなテロでも苑が起こさない限り、質問者さんが訳のわかんない新興宗教団体に名前があって気分が悪い。 以外はありません。 もちろんだからと言って許されることではありませんが、質問者さんが信仰しない限り悪影響は無いです。 この点はどうか心配しないでください。 とはいえ、勝手に入信届を書いているのなら、それこそ私文書偽造という犯罪になりますし、この団体、会費の請求は勧誘者に行くので... Q 真如苑について詳しい方、教えて下さい。 私の主人の両親が、熱心な信者です。 私は現在主人と娘と三人で暮らしており、信仰はしていません。 お尋ねしたいのは、実は、昨年娘が三歳になり、七五三を迎えたのですが、私たち夫婦は仕事で忙しくしており、七五三の時期である秋にお祝いしてあげることができませんでした。 春頃休みをつくり、お祝いしてあげようと思っていました。 (神社に行ったり、写真を撮ったりと、一般的なことです。 ) しかし義母が、「忙しくてお祝いできなさそうだから、代わりにお祝いしてきたわ」と言い、真如苑のお守りや真如苑のキャラクターグッズなど、真如苑の七五三セットのようなものを送ってきたんです。 その時は、ご好意だと思い、受け取るには受け取ったのですが、最近、無断入信もあるということを知りました。 このケースだと、娘が無断入信させられている可能性はあるでしょうか? それとも単に、真如苑で七五三のお祝いイベントがあり、もらってきただけでしょうか? 思い起こせば、私も結婚が決まった時、しつこく生年月日を聞かれたことがありますし、娘の生年月日も産まれた時報告したのに、後日わざわざ電話があり、再度確認されました。 もしかしたら入信させられているのでは?と、いまさらながら思うようになりました。 詳しくご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えて下さい。 私の主人の両親が、熱心な信者です。 私は現在主人と娘と三人で暮らしており、信仰はしていません。 お尋ねしたいのは、実は、昨年娘が三歳になり、七五三を迎えたのですが、私たち夫婦は仕事で忙しくしており、七五三の時期である秋にお祝いしてあげることができませんでした。 春頃休みをつくり、お祝いしてあげようと思っていました。 (神社に行ったり、写真を撮ったりと、一般的なことです。 ) しかし義母が、「忙しくてお祝いできなさそうだから、代わりにお... A ベストアンサー 当方、家内が秘密で入っていました。 恐ろしいことにそれをオクビにも出さず、私を含め子供たち、そして父母までもが入信扱いになっていました(信徒番号確認済み)。 それでも飽きたらず、知り合いに悪いことが起らないよう護摩を炊いてきてあげる言って生年月日を聞き出し、いつの間にかその人たちまで 入信扱いとして、帰苑時にはこっそり私に内緒で子供まで預けていたそうです。 そして、私に話すと、私たちは離婚になると脅しまでかけ、口止めをしていたようです。 しかし、その知人からの私への苦情及び忠告により事実を把握、とんでもないところにこっそり隠してあった記録等を見つけこっそり調べると、接心では、私の家にとんでもない因縁があり、そのせいで子供が病気になり、地縛霊とその因縁のせいで、私が頭の病気で死ぬことになっていました。 それを防ぐために、せっせと勧誘(お救け)し帰苑(頻繁に組織と接触)し、護摩や施餓鬼(献金)をしろと言われていたようです。 ここはとんでもない因縁商売のようです。 子供の病気など人の弱みにつけ込み、根拠無いデタラメを吹き込み、悪いことを提示し、そそのかす。 しかし、高額の壺を売りつけるようなことはなく、少額の献金を少しづつ頻繁にさせているため。 現行の法律では取り締まることも出来ないようです。 その後、調べた結果、ここは用語も含めコピーと言えるほど 天理教に似ています。 元々教主伊東氏の家が天理教信者であったためのようです。 そもそも大般涅槃経を根本教典とする真言宗教派があろうはずもなく。 醍醐派のパトロンとしてお金の力でお墨付きだけをもらい、仏教のふりをしているだけのようです。 拝む対象も釈尊と言いつつ、実際には双親様(教主とその妻)両童子様(早死にさせてしまった息子二人)で「抜苦代受」と疑似仏教用語を作り、キリストの受難のコピーを話し、教主を拝む一神教の形態を取っています。 そして、筮竹占いから派生したような占いを、接心と呼ばせており、要するにマゼコゼの新興宗教そのもの。 どこのまともな仏教に、信徒の主人にまでウソをつかせる物があるでしょうか。 このウソをつかせてまでの勧誘は、統一教会もどき、創価学会や幸福の科学などとなんら違いはありません。 なお、ここは創価と同じく世帯入信の形を取りますのであなたのお家(あなたとお子さん)は無断入信の可能性が高いです。 しかしいくら問い詰めても義母さまは決してそのことをお話しなさらないでしょう。 もしあなたが嫌ならば、まずはご主人と徹底して話し合いをもたれ、その上で、近隣の真如苑支部精舎を調べ出向き、入信状態の確認をしてみて下さい。 組織自体はドライでビジネスライク、外に向かっては良い顔をするためにイザコザを嫌いますので、手続きをしてくれるはずです。 本当に嫌ならばそのようにしては如何でしょう。 しかしここで2世のご主人の本当の姿が見えるかも知れません。 でもご夫婦、子供さんの本当の幸せのため、早めに白黒をはっきりつけておく方が結局は良いことだと思います。 我が家のように、最初は私のためだったようですが、客観的事実を提示して説得してみると、一転狂ったような反応を見せ、家内にののしられ、現在私は、我が家の因縁の具現化された一番恐ろしい悪魔のような存在として扱われ家庭内の会話は無くなりました。 図らずも現代のマインドコントロールの技術をマザマザと見せつけられた思いです。 ここまで来ると対処のしようがありませんが子供たちを守るため、敢然と対応しています。 このようにならないためにも躊躇せずはっきりされるように進められては如何でしょう。 当方、家内が秘密で入っていました。 恐ろしいことにそれをオクビにも出さず、私を含め子供たち、そして父母までもが入信扱いになっていました(信徒番号確認済み)。 それでも飽きたらず、知り合いに悪いことが起らないよう護摩を炊いてきてあげる言って生年月日を聞き出し、いつの間にかその人たちまで 入信扱いとして、帰苑時にはこっそり私に内緒で子供まで預けていたそうです。 そして、私に話すと、私たちは離婚になると脅しまでかけ、口止めをしていたようです。 しかし、その知人からの私への苦情及び忠... A ベストアンサー こんにちは。 以前、私の身内も霊友会に入会していた関係で 私も活動をしていたことがあります。 # 今はまったく活動していないです。 霊友会は、ご先祖様の供養を行う宗教法人です。 東京の六本木に「本部」と呼ばれる 巨大な釈迦殿(しゃかでん)があったり、 伊豆大島の法の山の中にも何泊かして泊り込みで 修行をするような場所「弥勒山」(みろくさん)があったりします。 活動の内容などは「支部」によって違うようです。 私がいたのは「第26支部」と呼ばれている支部で もっとも「霊友会らしい」と呼ばれていたらしく、 下記で詳述する「導き」に最も力を入れていました。 この霊友会では、世に言う勧誘活動を「導き」と呼びます。 26支部の場合は、誰か一人を導くことで(つまり入会させることで)、 ひとりのご先祖様を成仏させることができるという考え方で 活動を行っていました。 26支部の方ならみな、ある1枚の紙を持って活動していると思います。 自分自分の罪や咎(とが)は、過去のご先祖様から 未来の子孫に永遠に続くのである。 それが導きによって救われるのだから、これはありがたいことである。 というような感じの内容です。 つまり、導きという勧誘活動によって、 自分の先祖供養や、自分自身が背負っている罪や咎を なくしていこうという考え方です。 私が思うに、世間を騒がせている様々な宗教と比べると かなりおとなしめの宗教法人です。 高価なつぼや鏡を買わされたりすることはありません。 月会費も1ヶ月一人500円です。 日本最大の別の宗教法人では、お布施(要するに寄付)の制度をとっているそうで、 「金額=気持ち」の表れとされているのとは対照的です。 なぜなら、俗世間の金額が必ずしも信仰心の表れではなく、 また経済的に苦しい人たちでも活動できるように、との考え方から そうなっているそうです。 お母様は、おそらく亡くなられたお父様のために始めたのだと思います。 おそらく、毎日(かな?)、唱えているお経とは 「あおきょうかん」と呼ばれるもので、 表紙には「朝夕のおつとめ」と入っていませんか? # まあ見る気も起きないと思いますが…。 それが霊友会の基本的なお経です。 他にも私が知る限り3種類あります。 それは、「導き」によって入会した人がいっぱい増え それによって自分の苗字を冠した「準支部」や「支部」を 作れたりしたときに読むようになるお経です。 (入会した人を子と呼びます。 たとえば、田中さんなら「田中支部」のような感じです。 そのような方のところで月1回程度「法座(ほうざ)」と呼ばれる 会合を行います。 みんなで支部長宅の仏壇(霊友会の仏壇も法座呼ぶのです)に向かって お経を上げ、それが終わると みなで導きの状況や、自分の体験談を報告しあいます。 おそらく、上記で私の知っていることは書き尽くしたと思いますが、 要するに、「お経を上げる」ことと「勧誘活動」の2つが 基本的な活動内容です。 決して人を拉致したりはしません。 私の場合、母親の強い勧めによって 強制的に入会させられ、勧誘活動もさせられましたが、 # 社会人になってからはしていないです。 こういう場合、自分から「やる」と決めた人間を諭すのは 相当難しいです。 ご本人が飽きるまで放っておくのが一番かと 経験上思います。 長文、失礼いたしました。 こんにちは。 以前、私の身内も霊友会に入会していた関係で 私も活動をしていたことがあります。 # 今はまったく活動していないです。 霊友会は、ご先祖様の供養を行う宗教法人です。 東京の六本木に「本部」と呼ばれる 巨大な釈迦殿(しゃかでん)があったり、 伊豆大島の法の山の中にも何泊かして泊り込みで 修行をするような場所「弥勒山」(みろくさん)があったりします。 活動の内容などは「支部」によって違うようです。 私がいたのは「第26支部」と呼ばれている支部で もっとも「霊友...

次の

南無真如一如大般涅槃経

真如苑 お経

真如苑 しんにょえん は、伊藤 真乗 しんじょう ・ 友司 ともじ 夫妻が「だれでも霊能者になれる」と主張し、設立した真言宗系の在家教団である 伊藤真乗は、明治三九(1906)年三月、山梨県北巨摩郡長坂町秋田に、農家の二男として生まれ、名を文明といった。 生家の伊藤家には「甲陽流病 筮 ぜい 抄」という易書が伝わっており、これを小学校に通うころから父に教えられた。 一七歳のときに勉学のため上京し、二〇歳のときに徴兵検査に合格して昭和二年、立川飛行五 聯隊 れんたい に入隊した。 翌年、除隊の後、文明は飛行機製作所に技師として勤め、二三歳のとき、勤務のかたわら東京・小石川にあった「大日本易占同志会」に研究生として入会し、一年かけて所定のコースを修めた。 昭和七年、二七歳のとき、またいとこにあたる同郷高根村(現在の高根町)の内田友司と結婚、このころから易による鑑定や人生相談などを行いはじめた。 昭和一〇年から一一年にかけて、文明は易占同志会当時の知人の紹介で成田山新勝寺と関係を結び、自宅にその講中として「立照閣」を設立、「大日大聖不動明王」を本尊とした。 また、昭和一一年一月より一ヵ月の寒行を行った妻友司は、満願の日に神がかり、同席していた霊能師の伯母 油井 ゆい 玉恵 たまえ から相承を受けたという。 昭和一一年二月八日、文明夫妻は宗教一筋の生活に入ることを決意した。 真如苑では、この日を立教の日としている。 同年六月、三歳の長男智文が風邪をこじらせて急死した。 これは設立後間もない教団にとって、存亡に関わる事件であった。 これを解決するため夫妻は高尾山に篭もって荒行を行い、長男の死は、他人の苦の身代わりになった(抜苦代受)と結論づけた。 同一三年、文明は東京立川の現総本部の地に「 真澄寺 しんちょうじ 」を建立し、立照閣を解消して、真言宗醍醐派「立川不動尊教会」を設立した。 同じころ真乗は、京都にある真言宗醍醐派の総本山・醍醐寺三宝院で得度し、昭和一六年には「大阿闍梨」位を得、文明を改めて真乗と名乗った。 同二三年、真乗は大衆教化を目的として「まこと教団」を設立した。 同二五年、教団は元教団幹部から「教団内の修行場でリンチが行われている」と告訴され、真乗は検挙、起訴された。 これが「まこと教団事件」である。 この事件において、真乗は最終的に執行猶予のついた有罪判決を受けた。 教団は、この事件によるイメージダウンを回避するため、同二六年六月に教団名をまこと教団から「真如苑」と改称し、真乗が教主に、友司が苑主に就任した。 同二七年七月、一五歳の二男友一が、カリエスで闘病生活の末、死亡した。 このころから教団は、所依の教典を真言密教経典から『大般涅槃経』に転換し、昭和三二年には、真乗自ら身長約五メートルの涅槃像(寝釈迦像)を刻み、本尊とした。 同四一年、醍醐寺から真乗に対して「大僧正」位が、妻友司に「権大僧正」位が贈られた。 同四二年八月、関西本部巡教中に友司(摂受院)が五五歳で急死した。 同四四年には、真乗の再婚問題をめぐり、伊藤家内に利権争いが生じ、三女真砂子が自殺未遂事件を起こし、長女と次女が教団を離脱した。 昭和五八年、三女真砂子が真如法燈を継承し、真聡と改名した。 平成元年七月、真乗は八二歳で死去した。 真乗の死後、三女真聡が苑主となり、四女真玲がそれを補佐し、活動している。 同四年、醍醐寺より真聡に「大僧正」、真玲に「権大僧正」の僧階が授与された。 教団では、会費だけを納める者が多いため、熱心な信者を「一如教徒」と呼んで区別している。 教義の概要 教団では、昭和三二年に教主真乗が刻んだという久遠常住釈迦牟尼如来(寝釈迦像)を本尊とする。 ただし、その釈迦如来像は立川総本部内にある 発 ほっ 祥 しょう 第 だい 一 いち 精 しょう 舎 じゃ (道場)に祀り、同本部内の真澄寺には「涅槃法身不動明王」と立教当時の「大日大聖不動明王」を安置し、発祥第二精舎には「十一面観世音菩薩」を祀っている。 教団では、釈迦如来を真理身としての自性輪身、真理身は法を説かないので教を説く観世音菩薩を正法輪身、教えを守らない者を強制的に守らせるために 忿怒相 ふんぬそう の不動明王を教令輪身と定義し、この仏像等の建立によって衆生の化導法が整った(三輪身満足)と公言している。 さらに、不動明王は真言密教(東密)の流れを汲み、十一面観音は天台密教(台密)と縁が深く、そこに涅槃経に即した涅槃像を祀ることにより、東密・台密・真如密の日本三密が成就したとしている。 教団は、釈尊最後の説法である『大般涅槃経』を根本経典とし、この経典に説かれる「一切衆生悉有仏性」の文に基づき、誰もが仏性を有し霊能を具えているとし、霊能を開発し霊位を向上させることによって「常楽我浄」の歓喜の境涯を顕すことができるとしている。 そのため教団は、信徒に対して「お 救 たす け」「歓喜」「奉仕」の「三つの歩み」を義務づけている。 「お救け」とは布教・勧誘行為であり、「歓喜」とは金銭の寄付、「奉仕」とは教団の諸活動に労力を提供することである。 これらを行うことによって、自身の持つ「悪因縁」を断ち切ることができるとしている。 さらに、この三つの歩みを行う基盤となるのが、霊能者の指導により菩提心の向上を目指す「接心」と呼ばれる修行である。 「接心」とは具体的には、信者が、教祖の長男・次男の霊と感応した霊能者と対座して霊能者が話す「霊言」(ミーディアム鏡)を聞き、問題を解決したり心を浄めたり霊能を開発するというものである。 教団では、教祖真乗の長男智文(教導院)と二男友一(真導院)は信徒の苦悩を代わりに受け(抜苦代受)て早世したものと教えており、信徒の病気が治ったり苦難から救済されるのはこの二人の働きによるものとして、「両童子様」と呼称して祀っている。 この接心修行には、「向上接心」「相談接心」「特別相談接心」「鑑定接心」などがある。 「向上接心」は自身の修行として月一回は必ず参加すべきものとされ、「相談接心」は霊告によってさまざまな悩みを解決するための指導を受けるもの、「特別相談接心」は相談接心を特別に行ってもらうもの、「鑑定接心」は事業・縁談などを易で鑑定してもらうものである。 これらの接心に参加するには必ず寄付金が必要である。 何百回もの接心や、霊位を向上させるための「大乗会」「歓喜会」「大歓喜会」「霊能会」の四段階からなる「相承会座」に参加することによって、信者は霊能を磨き、仏性を開発することができるとしている。 また霊能の維持・開発のため、霊能者同士が接心するという「苑内接心」も行われている。 信徒の実践行としては、朝夕に寝釈迦像の写真本尊の前で涅槃経の「名字功徳品」を読誦し、「南無真如一如と尊き御教えを念じ奉る」という「一如祈念」を行っている。 破折の要点 本尊に迷う真如苑 真乗は、昭和一〇年に不動明王を本尊としていたが、昭和三二年には寝釈迦像、さらに昭和五四年には十一面観音を本尊に加え、これらの仏像の建立によって衆生の化導法が整ったと主張している。 しかし、それでは衆生の化導法が整っていない時期の信者は救済されなかったということになる。 また、信仰の根本である本尊が、そのときによって変わるのは御都合主義で信用できない。 真如苑が尊ぶ涅槃経のなかには、釈迦如来が久遠常住であるとか、不動明王や十一面観音を本尊とせよとはまったく説かれておらず、これらを本尊とするのは経旨に背くものであり、真乗の我見以外の何ものでもない。 涅槃経は釈尊究極の教えではない 真如苑は、涅槃経を釈尊究極の教えとして、所依の教典としている。 しかし、釈尊は涅槃経菩薩品に「法華の中の八千の声聞の記別を授かる事を得て大果実を成ずるが如きは、秋収冬蔵して、さらに所作なきがごとし」と説いている。 すなわち、涅槃経そのものに法華経こそが釈尊究極の教えであるとしているのである。 したがって涅槃経を究極の教えとするのは、本末転倒した教義である。 「霊能」や「接心」は人を惑わす外道の義 真如苑では、神がかりの霊能者から霊言を聞いたり、指導をうけることを奨励し、また、霊能者になることをすすめている。 しかし、心理学からみれば、心身に強いストレスを与えれば、誰でも神がかったような状態になる可能性があるといい、また、神がかったという者が発する霊言なども、深層心理が言葉にあらわれているにすぎないという。 したがって、霊能者による接心などはまったく無意味なことであり、かえって人を悪道におとす行為にほかならないのである。 また、真如苑の霊能者にはマニュアルがあって、これによって霊言を述べているという。 これでは霊言などとはいえない。 因果(原因と結果)を無視した教義 真如苑では、「霊界にいる先祖の霊魂が苦しんでいるので、その霊のたたりで現在がよくない。 これを除くために、真如苑で護摩や施餓鬼の供養をするように」とすすめる。 しかし、仏教では死後の生命は法界にあって前世の因果を感じながら、縁にあってまた生じると説き、因果を無視した霊界や霊魂の存在を否定している。 霊界や霊魂などの存在をさかんに吹聴するのは、稚拙な教えである証拠である。 夭折 ようせつ した真乗の二人の子、智文と友一は、衆生の苦を抜くため「代受」したとして祀られている。 しかし、仏教では個々の行為に因果の理を説くものであって、善悪の因の果報は、他人が身代わりとなって受ける事は出来ない。 したがってこの因果を無視した「抜苦代受」などは邪説である。 「真如苑」の概要 立 教 昭和一一年二月八日 創始者 伊藤真乗・友司夫婦 現継承者 伊藤真聡(真乗の三女) 信仰の対象 教主が彫刻した久遠常住釈迦牟尼如来 教 典 『大般涅槃経』 本部所在地 東京都立川市柴崎町1-2-13 信者数 796,477 名称の変遷 立照閣(昭和11年).

次の