千原 兄弟 ダンボ 君。 死の匂いがするコント11選

仮輝日(ケテルビー) ダンボ君を観た

千原 兄弟 ダンボ 君

千原兄弟の「プロペラを止めた、僕の声を聞くために。 」というコントを収録したDVDの中にある一つがこの「ダンボ君」である。 何の気なしに友人が借りてきたのを横目に観ていたのだが、結局は最後までしっかり観ることになったこの作品だが、ネット上での評判は7:3で怖いという意見が強いようだが…… そうなると私は三割の人間に含まれることになるのだろう。 この作品を評価する際に、観る者はどういった価値観を持って向き合う必要があるのだろうか? この作品のあらすじを簡単に説明すると、画像のダンボ君と教育テレビのお兄さんにも似た扮装の千原ジュニアが舞台に現れる。 ジュニアがダンボ君に話しかけるのだが、ダンボ君はバタバタ動くだけで返事は全てジュニアが手元の録音機で再生。 つまり一人芝居である。 こうしたパターンの決まった返事と人間のコントというものは昔からよくあるし、私は余り好きではなかった。 だが、ジュニアが人は「どんな時に死ぬのか?」というオハガキの返答をする辺りから徐々に空気が変わっていく。 ジュニアはこう言うのだ。 大事な人を裏切ったりした時に死ぬ、と。 これまで気づかなかったのだが、ジュニアの片手には拳銃が握られ、時折ジュニアがダンボールの顔を持ち上げるとダンボ君の中には血の染みた猿轡を口にした男が。 後はまぁ、パターン音声を上手いこと演出に使った展開でジュニアが猿轡の男を撃って終わる訳だ。 このコントを見て、私は面白いなぁと素直に思った。 これは別に私が歪んだ嗜好を持っているという訳ではなく、純粋にこのコントを評価出来たからだと私は考える。 コントというものには、ユーモアがある。 それがこの「ダンボ君」はブラックユーモアなだけであり、こんな内容は阿刀田高あたりのショートショートみたいなものである。 ただこのコントは文字媒体よりも映像向きであるし、阿刀田高がブラックユーモアの作品を書いてもそれほど狂気を感じさせないのに対して、このコントで「何で誰も笑わんのやろ?」と呟くジュニアに、七割の方々が狂気を感じるのはそれはジュニアに演技力があるからだろう。 演技力でなければ適材適所といっても良い。 つまり何が言いたいかと言えば、受け手の側もレベルが高くなくてはその分野の未来は暗いということだ。 ジュニアのコントは、今のお笑い芸人のコントの中ではかなり上出来な方なんじゃないかと思う。 出来の良いコントと書いて、ふと思い出したものに次長課長のコントがあった。 河本が座敷童の役のコントなのだが、そう言えばあれも面白かった。 話はちと脱線したが、今のお笑い芸人を見れば間違いなくコントという表現媒体は廃れているということは見て取れる。 変な事を言うか、変な事をする……その一発しか持たない人間の集まりである。 一発屋はよく言ったものである。 コントというものは前述したが、ユーモアを有した表現媒体であり、受け手に与えるものは笑いである。 ジュニアはただ、昨今のお笑いではあまりメジャーではないブラックユーモアを主としたコントを作っただけである。 これだけのことで評価されないというのは、これは受け手の人間にも問題があるといえないだろうか? 何もテレビを見て笑みをこぼすか否かに神経をとがらせろと言いたい訳ではないが、もしかすれば私たちは見ず知らずのブラウン管の向こうにいる芸人に愛想笑いをすることが多くなったのではないか? と言いたいのだ。 昔、何かの本で島田荘司先生が、ミステリ読者は少し買い控えというか不買運動めいたことをしなければこれから生まれてくる才能ある新進気鋭の推理作家も出版社の使い捨てにされる……みたいなことを書いてらっしゃった気がしたが、我々ミステリ好きも少し気を引き締めて本屋を歩かねば、「ダンボ君」で笑えない人間になってしまうんじゃないだろうか?.

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死の匂いがするコント11選

千原 兄弟 ダンボ 君

千原兄弟の「プロペラを止めた、僕の声を聞くために。 」というコントを収録したDVDの中にある一つがこの「ダンボ君」である。 何の気なしに友人が借りてきたのを横目に観ていたのだが、結局は最後までしっかり観ることになったこの作品だが、ネット上での評判は7:3で怖いという意見が強いようだが…… そうなると私は三割の人間に含まれることになるのだろう。 この作品を評価する際に、観る者はどういった価値観を持って向き合う必要があるのだろうか? この作品のあらすじを簡単に説明すると、画像のダンボ君と教育テレビのお兄さんにも似た扮装の千原ジュニアが舞台に現れる。 ジュニアがダンボ君に話しかけるのだが、ダンボ君はバタバタ動くだけで返事は全てジュニアが手元の録音機で再生。 つまり一人芝居である。 こうしたパターンの決まった返事と人間のコントというものは昔からよくあるし、私は余り好きではなかった。 だが、ジュニアが人は「どんな時に死ぬのか?」というオハガキの返答をする辺りから徐々に空気が変わっていく。 ジュニアはこう言うのだ。 大事な人を裏切ったりした時に死ぬ、と。 これまで気づかなかったのだが、ジュニアの片手には拳銃が握られ、時折ジュニアがダンボールの顔を持ち上げるとダンボ君の中には血の染みた猿轡を口にした男が。 後はまぁ、パターン音声を上手いこと演出に使った展開でジュニアが猿轡の男を撃って終わる訳だ。 このコントを見て、私は面白いなぁと素直に思った。 これは別に私が歪んだ嗜好を持っているという訳ではなく、純粋にこのコントを評価出来たからだと私は考える。 コントというものには、ユーモアがある。 それがこの「ダンボ君」はブラックユーモアなだけであり、こんな内容は阿刀田高あたりのショートショートみたいなものである。 ただこのコントは文字媒体よりも映像向きであるし、阿刀田高がブラックユーモアの作品を書いてもそれほど狂気を感じさせないのに対して、このコントで「何で誰も笑わんのやろ?」と呟くジュニアに、七割の方々が狂気を感じるのはそれはジュニアに演技力があるからだろう。 演技力でなければ適材適所といっても良い。 つまり何が言いたいかと言えば、受け手の側もレベルが高くなくてはその分野の未来は暗いということだ。 ジュニアのコントは、今のお笑い芸人のコントの中ではかなり上出来な方なんじゃないかと思う。 出来の良いコントと書いて、ふと思い出したものに次長課長のコントがあった。 河本が座敷童の役のコントなのだが、そう言えばあれも面白かった。 話はちと脱線したが、今のお笑い芸人を見れば間違いなくコントという表現媒体は廃れているということは見て取れる。 変な事を言うか、変な事をする……その一発しか持たない人間の集まりである。 一発屋はよく言ったものである。 コントというものは前述したが、ユーモアを有した表現媒体であり、受け手に与えるものは笑いである。 ジュニアはただ、昨今のお笑いではあまりメジャーではないブラックユーモアを主としたコントを作っただけである。 これだけのことで評価されないというのは、これは受け手の人間にも問題があるといえないだろうか? 何もテレビを見て笑みをこぼすか否かに神経をとがらせろと言いたい訳ではないが、もしかすれば私たちは見ず知らずのブラウン管の向こうにいる芸人に愛想笑いをすることが多くなったのではないか? と言いたいのだ。 昔、何かの本で島田荘司先生が、ミステリ読者は少し買い控えというか不買運動めいたことをしなければこれから生まれてくる才能ある新進気鋭の推理作家も出版社の使い捨てにされる……みたいなことを書いてらっしゃった気がしたが、我々ミステリ好きも少し気を引き締めて本屋を歩かねば、「ダンボ君」で笑えない人間になってしまうんじゃないだろうか?.

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【笑いと恐怖は紙一重】芸人の怖いコント、怖い漫才まとめ

千原 兄弟 ダンボ 君

怖いコントが好きだ。 一口に怖いと言っても色々な種類がある。 不気味であるとか、危害を加えられそうであるとか、不安に駆り立てられるとか、そもそも全く意味が分からないとか。 そういったキワどいテーマのネタはテレビで使えないものがほとんどなので見たことない人も多いと思う。 そもそもネタ見せ番組というものがテレビから絶滅しつつある。 エンタもない。 レッドシアターもない。 もない。 あるのは情報番組だけだ。 いいともが終わり、ヒルナンデスが生き残る。 そういう世界だ。 本気のお笑いではなく明日使える情報をテレビ視聴者は望んでいる。 そんな世界が個人的にはちょっと寂しい。 だから、いま見てほしい。 彼らが本当に輝いている舞台での姿を。 あ、のやつは夜中に一人で見るとおしっこちびるぜ。 しずる 「田沼さんが転んだ」 人生につまずいて「よし、死のう!」と決意した田沼さんのお話。 レッドシアターでは青春コントの申し子として一斉を風靡したしずるだが、死の匂いやブラックユーモアのあるコントも秀逸。 しずる最高傑作。 「麻衣子」 が女は性の対象としての価値を必ず持ってしまうから芸人に向いてないと言っているらしい。 ただ、これは女であるにしかできないネタだ。 という狂気が「愛されたい」「子作り」といった女固有の普遍的なテーマをシニカルに演じている。 ちなみに「数子」というネタは今作と設定が同じなので気になったらぜひ。 「葉」 首吊り自殺に失敗した男とそれに遭遇してしまった男。 画力が強い。 の中でも傑作とされているネタ。 パンサー 「気づこう」 若手人気ナンバーワンの芸人のネタ。 とにかく構成が素晴らしい。 2回見ると伏線がたくさん張られていることがわかる。 気づこう。 「ルスデン」 留守電に残された38件のメッセージが部屋という空間をサスペンスに仕立て上げる。 26分という長尺ながらそれを感じさせないおもしろさがある。 コント職人の名作。 「チコちゃん」 幼稚園の年長チコちゃんの話。 どこかが壊れてしまっているチコちゃん。 自転車やホースに対する暴力的で情緒不安定な接し方も、他の子どもたちと同じく「ママがいなくて寂しい」だけなのではないかと思って見てみると、途端に切なくなる。 「ダンボ君」 3の倍数でアホになる とによるめちゃめちゃ恐いコント。 怖さで言ったら一番。 もの静かで乾いたせいじと熱く騒がしいジュニアのストが場の異常性を助長する。 の狂気が詰まっている。 これ、全然笑えない 「304号室 青木」 THE・テレビでは絶対に流せないネタ。 病院の屋上でマジックの練習をしている患者。 途中ラジカセから流れてくる歌が耳にこびりついて離れない。 あまりに怖すぎるので「検索してはいけない」にも載っているらしい。 「TRASH BOY」 ゴミ処理ボーイのトラッシュくんによる啓蒙ビデオ。 法によって厳しくなる国民の統制、避妊具の使用の禁止、見え隠れする大きな権力。 の的なブラックユーモア満載。 ちなみにというのはが参加しているユニット。 「パラダイス葬儀社」 ビジネスとして人の死を扱う葬儀社のお話。 なによりも設定が素晴らしい。 死や禁忌と隣接することで笑いはより大きくなる。 のなかで一番好きなネタ。 「採集」 怖いネタとして最も有名な作品。 の「ルスデン」と同じく長尺でサスペンスの要素が濃い。 設定、展開、オチのすべてが完成されている。 コバケンが一人で体育倉庫に残されてからは目が離せない。 事実を積み重ねることで芽生えていく恐怖と一人で戦う男。 観客たる我々は惰性で笑ってしまうが、下り坂にのって加速していく恐怖には抗えない。 20回以上見ているが何回見ても面白いし怖い。 素晴らしい。 以上11作品を紹介した。 一つでも気に入る作品があったなら、嬉しい。 あなたも陰湿コントが好きなヤバい仲間だ。

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