グロテスク 英語。 サンセリフ

グロテスクとは

グロテスク 英語

概要 [ ] グロテスクのは、地下やを意味する"grotta"(のkrypte"隠れた場所"に遡るのcrypta "地下墓所, 洞窟"に由来する )である。 ここで「洞窟」というのは、西暦64年のの後にが建設を開始した未完の宮殿群「」の部屋と回廊のことを指す。 これらは長い間放置され地中に埋もれていたが、になって再発見された。 ドムス・アウレアの宮殿群は過度な装飾様式ので飾られており 、再発見されてから模倣されるようになった。 そこには人、動物、植物などをモチーフとした装飾壁面が施されており、自然法則や本来の大きさを無視して人から植物へ、さらには魚、動物へと連続して変化する奇妙な模様が見られた。 また、ラファエロが復興させたグロテスク文様を指して「ラファエレスク文様」とも呼ぶ。 グロテスク装飾は、の時代にも多く使われた。 今日では、「グロテスク」という語は奇妙・奇怪・醜怪・不調和・不気味・奇抜なものを指す総称的な形容詞として、風変わりで歪んだ形を指して使われるようになってきている。 ではこの意味の場合、グロいなどとも略される。 美術史におけるグロテスク [ ] 美術においては「グロテスク」は、花飾りと小さく幻想的な人間と動物の像とを織り交ぜたの装飾的な配置であり、通常はある種の建築構造の周辺のなパターンとして配置されるが、これは確実なものではない。 このような意匠は古代ローマで壁画や床のなどとして流行していたもので、 (紀元前30年頃)はこれらを無意味で不合理なものであるとして退ける文脈で実に優れた描写をしている:「カールした葉を伴う葦が縦溝彫りの柱に取って代わり、渦巻飾りがの代わりとなり、枝付き燭台が神殿の彫像を支持し、その天井には人間の顔が意味もなく載った細身の脚と渦巻飾りが生えている。 」 ネロのが15世紀末に偶然発見された時、1500年の間土砂に埋もれていた部屋は地下洞窟(grotto)の様相を呈しており、フレスコや繊細なによるローマの壁面装飾は一大発見であった。 この装飾はとその弟子の装飾画家たちによって紹介され、グロテスクはローマのの一連の「ラファエロの部屋」の一部を構成するで完全な装飾体系へと昇華された。 この装飾は、古典主義のに慣れ親しんでいたが、古代ローマ人たちが自宅においてはしばしばそうした規則を無視してより幻想的かつ形式ばらない、軽快さと優美さに満ちた様式を採用していたとは思いもしなかった多数の芸術家たちを驚かせ魅了した。 これらのグロテスク装飾では額石または枝付き燭台が中心点となりえ、枠は土台の一種として周囲の意匠の一部となる渦巻模様へと延長されていた。 軽快な渦巻模様のグロテスクは、付け柱の枠の中に閉じ込められることで整理され、しっかりした構造を与えられていた。 は、近世ローマのヴィラで最も影響力のあったの装飾にグロテスクのテーマを採用した。 1780年代のにおける、ラファエロ的グロテスク様式のフランス新古典主義彩色装飾。 を通じ、グロテスク様式の表面装飾はスペインからポーランドまでに至る16世紀ヨーロッパの芸術上のレパートリーとなった。 後の、特にエングレービングでは、グロテスクは古代ローマ人やラファエロが用いていた風通しの良い充分に空間を開けた様式と比して非常に密に詰め込まれたものになる傾向があった。 グロテスクはすぐにに、1520年代後半からは(特にで生産された)焼きに、さらには書物のやその他の各種装飾にも出現するようになった。 では、とその弟子たちが、帯飾り(ストラップワーク)の装飾形式とグロテスクを組み合わせ、石膏や木の塑像での革紐の描画をグロテスクの1要素とすることによりグロテスクの語彙を豊かにした。 ではあまり用いられなかったが、でグロテスクは再び息を吹き返し、やその他の周辺の遺跡で発見された古代ローマの作品からさらなる刺激を受けた。 グロテスクはその後のや時代でもますます重厚になりながら用いられ続け、意匠は16世紀のエングレービングと同じ程に密に詰め込まれ、優美さや幻想性は失われる傾向にあった。 18世紀イギリスの建築家もグロテスク風模様を洗練させたゴシック装飾を得意とし、アダム・スタイルと呼ばれた。 時間を遡って語義が拡張され、中世のにおける、余白に描かれた親指大の半人の装飾模様である「ドロルリー」もまた現代の用語ではグロテスクと呼ばれる。 現代の挿絵芸術では、「グロテスク・アート」もしくは「・アート」と呼ばれるジャンルにおいて、口語的な意味での「グロテスク」な図像がよく見られる。 文学におけるグロテスク [ ] フィクションにおいては、共感と嫌悪感の双方を抱かせるような人物が「グロテスク」であると通常考えられている(嫌悪感のみを抱かせる人物は単なる悪党かである)。 身体的に奇形の、もしくは知的に遅れた人物がその明確な例であるが、身を竦めさせるような社会的特質を持つ人物もこれに含められる場合がある。 読者はグロテスクな人物の肯定的な側面に興味を引かれ、その人物が暗黒的な側面を克服できるのかを見届けるべく読み進めるのである。 の『』では、の人物像は単なる軽蔑や嫌悪感よりもニュアンスのある反応を引き起こすものとなっている。 の『』は文学で最も有名なグロテスクの1つである。 博士の作り出した怪物や、『』や『』の野獣もまたグロテスクと考えられている。 的なグロテスクの例は、、文学やローレンス・スターンの『』などにも見出される。 ロマン主義でのグロテスクは、笑いと豊饒性に満ちた中世のそれに比して遥かに陰惨なものである。 グロテスクは、少女が彼女の幻想世界で幻想的なグロテスクたちに出会うというの『』によって新しい形を与えられた。 キャロルは人物たちを、より醜悪でなくにも適しているが、しかもなお全くもって奇妙なものにすることに成功している。 は、しばしばグロテスクと同一視されるジャンルであり、がよくその「舞台監督」として引き合いに出される。 は「なぜ南部の作家たちが特に奇形について書くのかと問われたら常に、我々が未だにそうした人々がいるのを認めるからだと答えている」と書いている。 頻繁にアンソロジーに収録されるオコナーの短篇『善人はなかなかいない』では、連続殺人魔のミスフィット(社会不適合者)は明らかに不具な精神を持ち、人命に全く頓着しないが、真実の探求に駆り立てられている。 この作品でのより目立たないグロテスクは、礼儀正しく、子煩悩なおばあさんであり、彼女は自分自身の驚くべき自己中心さに気が付いていない。 オコナーの作品でしばしば引用されるもう1つのグロテスクの例は短篇『聖霊の神殿』である。 合衆国の小説家もグロテスク文学の伝統に結び付けられる作家である。 「グロテスク演劇」はイタリアで1910-1920年代に活動した反演劇の劇作家たちの一派を指し、の先駆者であったとしばしば見做される。 建築におけるグロテスク [ ]• OED• 視覚デザイン研究所編『ヨーロッパの文様事典』視覚デザイン研究所、2000年、 pp. 192-193. Peter Ward-Jackson, "The Grotesque" in "Some main streams and tributaries in European ornament from 1500 to 1750: part 1" The Victoria and Albert Museum Bulletin June 1967, pp 58-70 p 75. "Some Aspects of the Grotesque in Southern Fiction," 1960 参考文献 [ ]• Sheinberg, Esti 2000-12-29 English. , , and the grotesque in the music of Shostakovich. UK: Ashgate. 378. Kayser, Wolfgang 1957 The grotesque in Art and Literature, New York, Columbia University Press• Lee Byron Jennings 1963 The ludicrous demon: aspects of the grotesque in German post-Romantic prose, Berkeley, University of California Press• 1941. Bloomington: Indiana University Press• by Philip Thomson, The Grotesque, Methuen Critical Idiom Series, 1972. Dacos, N. Kort, Pamela 2004-10-30 English. PRESTEL. 208. FS Connelly "Modern art and the grotesque" 2003 assets. cambridge. org 外部リンク [ ]•

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「」および「」も参照 日本では初期から 偃息図(えんそくず、おそくず)、または おそくずの絵(おそくづのゑ)と呼ばれる性的題材を描いた絵画があったとされている。 からにかけてはと呼ばれる主に男女間の性愛を描いたが広く流行した。 出回った春画は高い芸術性を誇ったが、性教育のためか、性文化の追求か、はたまた思想、宗教的意味合いがあったのか、目的がよくわかっていない。 どういう人達に需要があり、なぜ高い技術が要求されたか、今後の研究課題ともいえる。 現代においては、春画は芸術作品()として社会的に高く評価されており、法的には猥褻出版物としての扱いは受けていない。 ただし、は行われている。 近代日本におけるエログロ文化の潮流は期の文化まで遡る。 この時代を代表する雑誌にの『 グロテスク』(1928年~1931年刊行)がある。 この雑誌は幾度となく当局による発禁処分を受けたが、その度発行所を代えて発行された。 太平洋戦争終結後、出版自由化を機にと呼ばれる大衆向け娯楽雑誌のブームが起こる。 これらの雑誌は粗悪な再生紙に印刷された低俗な安物雑誌で3号程度で休刊する典型的なも多く、戦後の混乱の中、カストリ雑誌のブームは1950年頃まで続いた。 また、雑誌の内容は安直で扇情的なものが多く、(性・性風俗)・(猟奇・犯罪)で特徴付けられる。 具体的には、などの色街探訪記事、猟奇事件記事、性生活告白記事、ポルノ小説などのほか、性的興奮を煽る女性の写真や挿絵が掲載された にはが登場しブームとなる。 これはの普及によって映画館の観客動員数の減少した事に対抗した映画関係者が「テレビでは実現できないこと」を標榜したのに起因する。 代表作品としては、が「 異常性愛路線」の一環で発表した『』()・『』(1968年)・『』()・『』(1969年)などの作品がある。 また、ホラー映画におけるエログロの先駆的作品に原作の『』(1969年)が挙げられる。 また、エログロを全面に押し出したの先駆的作品としてはが制作した原作の劇場用作品『』()がある。 以降の映画界においてエログロ・スプラッタ・バイオレンス系の映像作品を得意とするには、、がいる。 後にエログロやさを全面的に押し出した、これら邦画作品はに倣って「 和製モンド」と呼ばれるようになる。 一方で客足が伸び悩み、映画製作自体が困難になったは「エロ路線」を前面に押し出した によって経営危機を乗り越えた。 ロマンポルノはに『』(主演)でスタートし、映画斜陽期の日活を支えロマンポルノは20年以上続く人気シリーズとなった。 ロマンポルノは量産の必要があったため、若い監督を数多く起用。 映画1本あたりの上映時間やエロシーンの回数などの基本ルール以外は、あまり制約が無かった事から、結果的に実験的であったり、作家性を打ち出した作品も生まれた。 そのため日活ロマンポルノでキャリアをスタートさせたり、頭角を現した映画監督は多い。 また、ロマンポルノ出身の女優がテレビでも活躍するようになり、多くのスターが生れた。 芸能界へのステップと考える女優も少なくなかった。 などのにおいては、・・・・・・・・・・・・などの描写が「エログロ」(あるいは )に相当する。 この様に成人向け漫画の世界で自分の世界を築き上げる作家も多く、もちろん、性的描写を避けては描けない世界というものもある。 また一つには性的描写が必須であることを除けば、それ以外の表現はむしろ一般の雑誌より制約の少ない舞台であり、その自由度の高さから作家独自の嗜好によって特異ともいえる表現が追及され、一般誌では掲載不可能な作風を実現する作家もいる。 代表的なエログロに、、、、、、、、、、、、、、、、、、、などがいる。 また、に発表された丸尾末広の『』はエログロに幻想的・怪奇的な世界観を交え独自の世界観を表し、カルトな作風ながら今もなお根強い人気を持つ。 一方で漫画家のは1970年代前半に複数のメジャー少年誌で大胆な性描写やエログロを含むストーリーを展開し、に糾弾されるなどのに至った事例もある。 日本独自のエログロ文化である「」は国内においての『』の公開以降、などの、などの、『』・『』などの、またに触手描写が取り入れられ、定番の表現のひとつとなった。 出典 [ ].

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