トランス ジェンダー と は。 LGBTQ、特にトランスジェンダーの中学生、高校生の悩みとは!|学び舎 MXM

「性同一性障害」と「トランスジェンダー」の違い

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・違う「性」の制服を着させられる ・自分の使いたい「性」のトイレが使えない ・校則によって、髪型を異性と合わせなくてはならない みんなが性適合手術を希望するわけではない トランスジェンダーに対する偏見で多いのが みんなが「性適合手術」を望んでいる という誤解です。 例えばMTF(性自認は女性だけれど、男性の身体で生まれてきた)が 全員、男性器を取りたいと思っているわけではないのです。 身体を完全に女性らしくしたいと考える人もいれば、 胸だけ作りたいと考える人、 ホルモン治療だけでいいと考える人、 女性らしい服装を社会的に認めてほしい人など 人によってなりたい自分は別々です。 トランスジェンダーの方々が全員 「性適合手術」を受け、戸籍を変えたいと願っているわけではありません。 思春期のトランスジェンダーの悩み 思春期の子供たちは、学校という社会に属さなければなりません。 トイレの問題を一つ取ってみても、 男性用と女性用のトイレしか用意していない学校が大多数です。 MTF、FTM(性自認は男性だけれど、女性の身体で生まれてきた)が 自分の自認する「性」のトイレを使いたいと思うのは当然です。 自認する性のトイレに入ろうとしたら、 変態扱いされ、いじめの標的になる可能性もあります。 デパートや駅では、多機能トイレに入れます。 学校はその準備さえされていないので、 トイレに入るのも、苦痛に感じる子もいます あわせて読みたい LGBTの就職支援サイト 思春期のトランスジェンダーへの相談もしています トランスジェンダーの体験談 私は女性です。 しかし、生まれた時から身体は男性という、 いわゆるMTFです。 今年、28歳になりました。 私の人生を振り返ってみました。 ランドセルの色さえ違和感を覚える 小学生の頃、私は黒色のランドセルを背負って 学校に通っていました。 同級生の女の子を見て 私も赤いランドセルがいいな と思ったことを、今でも覚えています。 小学生の頃は、ちょっと女性っぽい仕草があったので、 「オカマ」などとクラスメイトからは言われていましたが、 いじられキャラで、明るく過ごしていました。 胸が大きくならないことへの違和感 小学生の頃は、 成長したら、周りの女子と同じように胸が大きくなり 男性器もなくなる と、漠然と思っていたのかもしれません。 しかし、声変りをして、男性器も成長します。 今考えれば当たり前のことですが、すごくショックでした。 学校で学ランを着させられるのも嫌でした。 校則で髪型は耳にかかってはいけないと記されていたので 髪型も短くしなければいけませんでした。 そんな息苦しさからか、私は不登校になりました。 親の理解が得られないツラさ 私は不登校になり、引きこもりがちになってしまいました。 そんなとき、テレビのニュースで 「性同一性障害」のことを知りました。 一緒にニュースを見ていた父親は 「性同一性障害」の人に向かって、 さげすんだ言葉を言っていました。 私は口が裂けてもカミングアウトできないと思いました。 トランスジェンダーへの差別や偏見は まだまだ残っているのが現状です。 高卒認定試験を取り、独り暮らしを始めた 私は18歳の頃、高卒認定試験に合格し、 翌春には都内の大学に入学しました。 独り暮らしを始めて、 私は生まれて初めて自分らしくなれたと思います。 大学へはスカートをはいていき、 LGBTの集まるサークルに入りました。 そこで、友だちに初めて 自分がトランスジェンダーであることを カミングアウトすることができました。 LGBT当事者やトランスジェンダーに理解のある友人と出逢い、 私は本当に変われました。 念願だったホルモン治療も始めました。 手術代を貯める日々 今はトランスジェンダーに理解のある会社で 女性として事務の仕事をしています。 私は「性適合手術」を受け、 戸籍も女性に変えたいと思います。 手術の費用は高額です。 生活を切り詰めて、その費用を貯めるのが 私の今の目標であり、夢です。 母親には就職をきっかけにカミングアウトをしました。 母親はうすうす気づいていたようで 「自分らしく生きなさい」と言ってくれました。 父親には、まだ話せていません。 手術を受ける前には、ちゃんと話をしようと考えていますが 受け入れてもらえないのでは、と思い、不安です。 父親に反対されても自分の生き方を変えるつもりは 毛頭ないんですけどね。 周囲に相談できなかったら 学び舎MXMでは、 性で悩んでいる若者への相談支援もしています。 スクールを運営している僕はゲイで、トランスジェンダーの友人もいます。 誰かに話すのが怖かったり、直接会うのに抵抗があれば、 LINEで僕に相談してみてくださいね。 少しでも気分が楽になるように、お話を伺います.

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後回しにされる「差別」 トランスジェンダーを加害者扱いする「想像的逆転」に抗して

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にで行われたデモに参加したトランスジェンダーの トランスジェンダー( Transgender、で「横切って」「貫いて」「越えて」 「乗り越える」 [ ] や「逆側に行く」 [ ]を意味する接頭辞「トランス」と、英語で「」を意味する「」の合成語)とは、一般に 常にではない 生まれたときからもっているとされる、伝統的に社会で認識されている役割と同様の規範的なに収まらない傾向を含む、あらゆる個人および行動、グループに当てられる一般用語である。 近年の国際的な人権に関する文書においては世界的に承認された普遍的定義はもたないものの、 が出生時に割当てられた性別と対応しない状態を意味する言葉として用いられる。 ちなみにトランスジェンダーのトランス(「TRAN S」)は、「催眠状態やヒステリーの場合にみられる、意識が通常とは異なった状態」を意味する「TRAN CE」とは(語源は同じだが)別語である。 概要 [ ] トランスジェンダーは、ある人の「割り当てられた性」 身体的特徴ないしに基づく男性か女性かの他人による識別 とは違う「」 女か男か、あるいはそのどちらでもないか の状態にある。 トランスジェンダーであることは、特定のを有していることを必要条件としない。 すなわち、トランスジェンダーの人々はであったり、、、あるいはであったりする可能性がある。 トランスジェンダーの正確な定義は不断の変化を続けているが、次の概念を含む。 アイデンティティが男性ないし女性の性役割の従来の観念に明らかに一致していないが、両者の間で組み合わさっていたり動いていたりする人のこと、あるいはその人に関連しているものまたは示すもの。 性 通常生まれたときに、彼らの性器に基づく を与えられたが、間違っているあるいは不完全であると感じる人々。 ある者が生まれたときに割り当てられた性 そして偽りのジェンダー との非同一化、あるいは非表現。 トランスジェンダーの人は、通常は特定のジェンダーを連想させるような特徴を持つことがあるが、伝統的なジェンダー連続体のどこか別のところに共感することもある。 あるいはそれの外側に「その他」、「非ジェンダー」または「第三の性」として存在するかも知れない。 また、トランスジェンダーの人々は「バイジェンダー」としてのアイデンティティをもつ可能性もあり、もしくは伝統的なトランスジェンダー連続体や、近年行われてきた詳細な研究に応じて開発された、さらに包括する連続体上のどこかに共感するかもしれない。 日本における訳としては、「性別越境者」「性別移行者」等が考案されているが、まだ定訳と言えるものはない。 性自認が生まれた時の身体的特徴と不一致の人々を広く指して「トランスジェンダー」と呼び、その中で性別移行が必要となる人々を「性同一性障害者」と呼ぶことが提唱されている。 尚、生れながらの性別に従って、生きる多数派(非・トランスジェンダー)の事を「」と呼ぶ。 トランスジェンダーの人は幼少期や思春期に、性別の違和感から、いくつかの特徴的な行動を見せることがあるが、しかし、そのような行動があるからといって、トランスジェンダーであるとは限らない。 上述のとおり性的指向を意味するとは別の個性であり、LGBに恩恵をもたらす制度は必ずしもトランスジェンダーにとって嬉しいものではない。 トランスジェンダーの歴史 [ ] パリのゲイ・パレードに参加したトランスジェンダーののチーム、 非西欧社会での非伝統的な性同一性については、の節を参照のこと。 医療概念としての(現在の日本においてと称されるものに相当)の当事者が、自らのジェンダー・アイデンティティ()のあり方が精神疾患であるとの差別的ラベリングを忌避するために、1980年代末よりその当事者が自称として用い始めた用語である。 (アメリカの、()による造語とされることがあるが、それは不正確である。 彼女はこの言葉の普及に大きく貢献したが、提唱者ではない。 最広義においては、性別移行(性同一性障害)を抱える者に限らず、祝祭や芸能における一時的な性別越境も含めて、広く生れながらの性別を越境、超越する者すべてを指す場合もある。 トランスヴェスタイトとトランスセクシュアル [ ] 以降、やのを扱う公文書においては、ホルモン療法や手術療法を要するトランスセクシュアル(性別移行、-10のF64. 0に相当)と、そうした治療を要しないによる恒久的あるいは一時的(-10のF64. 1に相当)を総称して「トランスジェンダー」と称している。 しかしこれらの国際機関はの保険適応の必要性が一連の公文書に記されていることからも、 手術療法や法的性別変更を要するトランスセクシュアルと、に由来する(トランスヴェスタイト又はクロスドレッサー)らを「トランスジェンダー」という言葉によって混同していない。 トランスセクシュアルの問題は単独では当事者の数が極めて少なく(マイノリティの中のマイノリティ)、不当な汚名を着せられ迫害を受けてきたにも拘らずとして公式に取り上げにくかったため、同じような境遇にあるも包括して国際的な公的機関でその人権救済が問題とされる必要性から「トランスジェンダー」という表現が用いられるようになった。 という一見とトランスジェンダーを混同しているような印象を与える表現が公的に用いられるようになったのも同じ理由である。 概念の変化 [ ] 以前は、• 性同一性と割当てられた性別の不一致に悩んでいる状態• TV(=。 異性の服装を身につけることによって性別の違和感を緩和している状態)• TG(=トランスジェンダー。 性ホルモン剤の投与で体つきをの性別に近づけ異性装等を行う状態)• TS(。 投与による体の変化でも悩みの解決がなされず、外科的手術によりの外観をの性器に近づけの性別で生活する状態)という、体の性別移行の一過程のみを説明する言葉であった。 今日では外科手術(=)まで望まない性別移行(性同一性障害)当事者の存在や、日本国の性別移行(性同一性障害)当事者に対する医療の整備が遅れていること等の為、このプロセス通り進まない人も大勢存在し、割り当てられた性別と異なる性同一性で生活をする場合、この人達全般を指してトランスジェンダーと呼称するに至っている。 なおフィンランド語にはトランスセクシュアルと異性装を包括する概念がなくTranssexualismの形である「」という表現が用いられるので注意が必要である。 Xジェンダ ー [ ] トランスジェンダーの中には、「」である者も存在する。 これに当てはまるのは主に、「両性」や「無性」や「中性」の性同一性を持つ者である。 その様相は多様であり、その中には同一視する性別が変わる者や、心の部分部分で違う性に同一化する者等がいる。 個人差はあるが、自分の心が男女どちらか判らず混乱を覚えたり、男女どちらかの性である事を強要される環境に対し、拠り所の無さや違和感や苦痛を覚える。 ただし「Xジェンダー」のこの様相は、記憶のあるスイッチング(人格変換)を有する非典型例の解離性同一性障害の症状とも酷似しており、入れ替わる異性の心は乖離した人格であった報告例もあるため、一概に性同一性障害であると思いこむのは早計である。 これらXジェンダー者の場合、(性同一性障害当事者は男性女性のどちらかに同一性を持つと考えられがちで)医療的なの診断基準には適合しないとされる事があるが、実際の診療の場では、DSM5の「性別違和」の診断基準においてオールタナティブな性別のあり方を記載しているため,精神科に行けば中性や無性等もまた精神科疾患の範疇内に入る。 詳細は、を参照。 第三の性 [ ] 非西洋文化圏の一部ではトランスジェンダーや、或いはそれに近い存在が第三の性として認知されている。 例を挙げると、のナドゥル、の、のゲイヴドーシェあるいはマチィ・エムブラ、のクウォル・アトゥムオル、・のバヨットあるいはラキン・オン、のワリア、のマフ、フィリピンのバクラやバベイラン、のバンシ、のカトゥーイあるいはサオプラペーッソン、のアコルト、のアクニュアー、のハンニース、のコチェック、のゴールディグーナ、のハッサスなど。 には、女性が申請した当日から死ぬまでずっと男性として生活する宣誓処女という文化が有る。 トランスジェンダー・プライド・フラッグ [ ] トランスジェンダー・フラッグのデザインの中で最も顕著なもの は、トランスジェンダーのプライドと多様性、トランスジェンダーの権利の象徴である " トランスジェンダー・プライド・フラッグ(Transgender Pride Flag)"として知られている。 Transgender Pride Flag トランスジェンダー・プライド・フラッグは、アメリカのトランス女性 ()によって1999年に創られ、2000年に米国アリゾナ州のプライドパレードで初めて発表された。 この旗は、トランスジェンダーコミュニティを表し、中央に5つの水平ストライプ(ライトブルー2つ、ピンク2つ、ホワイト1つ)から構成されている。 ヘルムズはトランスジェンダー・プライド・フラッグの意味を次のように記述している: 「上下の水平ストライプは、男の赤ちゃんの伝統的な色のライトブルーで、その隣のストライプは女の赤ちゃんの伝統的な色のピンク。 中間のストライプは白で、、移行中、または中立的や未定義の性別を持っていると考えている人のためのものです。 あなたがこの旗をどのように掲げても、それは常に正しいものであり、私たちの生活の中で正確さを見出すことを意味しています」 英国では、 ()評議会が、にこの旗を掲揚している。 はまた、2016年 ()に、の ()本部から旗を掲揚した。 2012年11月19日と20日に初めて、サンフランシスコのの大きな公共旗掲揚台(通常はが掲揚される)から掲げられた。 トランスジェンダー追悼の日を記念したもので、旗を掲げる式典は地元のLa Monistatによって主宰された。 2014年8月19日、モニカ・ヘルムズはトランスジェンダー・プライド・フラッグ(現物)をスミソニアン国立アメリカ歴史博物館に寄贈した。 2016年、はトランスジェンダー・プライド・フラッグを掲げる、米国で最初の郡政府になった。 脚注 [ ]• from Wiktionary the free dictionary. Retrieved 2018-05-28. 36-37. 38-40. Author unknown, 2004 "... Transgender, adj. Of, relating to, or designating a person whose identity does not conform unambiguously to conventional notions of male or female gender, but combines or moves between these... " from the Oxford English Dictionary, draft version March 2004. Retrieved on 2007-04-07. " 2008年6月8日, at the. Retrieved 2007-03-06. 2008年2月27日, at the. Retrieved 2007-03-06• , p. 47-52. ヴァネッサ・ベアード著 『性的マイノリティの基礎知識』 p132-143 作品社、2005年、• Matt Petronzio, 13 June 2014. Brian van de Mark 2007年5月10日. 2012年9月6日時点のよりアーカイブ。 2016年11月3日閲覧。 Fairyington, Stephanie 2014年11月12日. 2015年6月5日閲覧。 point5cc. com 2015年4月23日. 2015年7月9日時点のよりアーカイブ。 2015年7月9日閲覧。 ; , 4 April 2011. Wilkey, Robin 2012年10月23日. Huffington Post. 2018年6月21日閲覧。 Feast of Fun 2009年5月26日. 2018年6月21日閲覧。 Smithsonian Institution. 2014年8月28日閲覧。 Bay Area Reporter 2015年5月23日. 2018年6月21日閲覧。 参考文献 [ ]• 『子どもの性同一性障害に向き合う』日東書院本社、2018年4月4日。 著『トランスジェンダーの心理学ー多様な性同一性の発達メカニズムと形成ー』、2017年• 著 『トランス・ジェンダーの文化』 、1989年、• 著 『男でもなく女でもなく』 1993年、• 著 『トランスジェンダリズム-性別の彼岸』 世織書房、1997年、• 著 『私はトランスジェンダー』 ねおらいふ、2000年、• 編著 『トランスジェンダリズム宣言』 、2004年、• 日本におけるトランスジェンダー史に関するの論文、「トランスジェンダー」の用語の起源に関するの論文を収録。 著『トランスジェンダー・フェミニズム』 、2006年、• 著 『隠されたジェンダー』(原題:Gender Outlaw) 、2007年、 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 外部リンク [ ]• TS・TG・ISに関する資料ページあり(和訳中)•

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「性同一性障害」と「トランスジェンダー」の違い

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女性用トイレに入ると奇異な目で見られ、歓迎されていない雰囲気でいっぱいでした。 数年前までは男女どちらのトイレを使うべきかいつも悩み、毎回赤ちゃんのオムツ交換用の、ファミリー用トイレを使っていました。 でもその後トランス()がある程度進んだので女性用トイレを使うことに決めたのですが、 中に入ると奇異な目で見られ、歓迎されていない雰囲気でいっぱいでした。 だから空港ではトイレを使わず、機内に入るまでガマンしてしまうことも多かったんです。 現在トランスジェンダーの子どもたちが置かれている状況に"平等"はありません。 このままでは子どもたちへのいじめを助長し、自殺する子も増えるでしょう。 男子生徒にいじめられても、かばってくれる人はいませんでした。 その後公立の学校に移ったのですが、私のような子が学校生活を送るには、常に"生き延びるための術"を体得することが必要でした。 "かばってくれる人と仲良しになる""目立たないようにする"などの戦略が必要 だったのです。 息をひそめるように過ごした学生時代、プロム(卒業パーティ)にもパジャマパーティーにも行ったことはありません。 私にはいわゆる青春時代もなかったんです。 あの頃の自分に、今の私が持つ強さがあったなら…と思うことがよくあります。 そのことが、私が声を上げている理由です。 今のままの社会であれば、セクシャルマイノリティの子どもたちから未来を奪ってしまいます」 長い時間を掛けて、私は生き抜くための"キャラ"を作り上げてきたんだと思います。 「高校を卒業後、しばらくの間自分探しのための時間が必要でした。 "男性に魅かれる"という自分の性的指向は分かっていたけど、"女性になる"という選択肢があるとは当時考えてもいなかったんです。 その後男性と同性婚もしました。 それが私に許された唯一のオプションだと思ったからです。 でも心の中ではずっと 『ある朝目覚めたら、女の子に生まれ変わっていたらいいのに…』と神に祈っていました。 男性に生まれたことにいつも苛立ちを感じていましたが、初めてトランスジェンダーの人物に出会ったことで運命が変わりました。 彼女はナイトクラブに出演していたパフォーマーでした。 私も彼女のようになりたい、と思ったんです。 そして 25歳のとき、ある決意をしました。 "このまま(一致しない性別のまま)生きていくのか"、それとも"勇気を出して性別移行し、女性として生きていくか"を自問し、女性になることに決めたんです。 私は長い時間を掛けて、生き抜くための"キャラ"を作り上げてきたんだと思います。 私にとって"生き抜く"とは、周りの人を喜ばせることで、私から離れないでいてもらうこと。 でも実際には 『私を受け入れてくれるの? それとも去っていくの?』と周囲に聞きつづけていたようなものでした。 正直、友人や家族を失うんじゃないかと不安でしたが、性別移行を決意したことで、家族や友人は離れるどころか、絆が深まりました。 だから今が 1番幸せだし、私自身、強くなったんです。 例えばある会社に『君をモデルとして使いたいけど、トランスジェンダーだから無理だね』と言われたら、以前なら怒りがこみあげたはず。 でも今なら『了解。 他へ行くわ』とあっさり言える。 だって私は強くなったから」 「性別を正式に"女性"に変更する手続きには 1年半かかりました。 何度も裁判所に出向き、膨大な書類を用意し、心理学者との面接、外科医や内分泌学者からの証明も必要…という大変なプロセス。 でもこれは自分のアイデンティティとプライドをかけた作業だったんです。 私は幸運にもこのプロセスを完了することができたけど、すべてのトランスジェンダーが登録上の性別を変えられるわけじゃないんです。 でもこれは間違っているし、フェアじゃない。 世界中の人たちにこの現状を知り、考えてほしいんです。 "もしあなたがトイレを使用するのを拒否されたら?""どこに行っても奇異な目で見られてしまうとしたら?" "ありのままの自分を否定されつづけたら?"って。 多くの人たちにとって、トランスジェンダーの存在は興味のないことかもしれません。 でも誰かを愛したり、人生を楽しんだりする、ごく当たり前のことができずに苦しんでいる人たちがいることを知ってほしいんです。 Translation:.

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