急転タイラント。 収録カードリスト20.3.24以降版

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急転タイラント

「落ち着けっ!」 ロンデスは力の限り叫んだ。 その叫びは部下の悲鳴を切り裂き、その場の時を止めたが如く、静寂をもたらした。 不気味な静けさの中、間髪入れずに指示を出す。 「撤退だ!合図を出して馬と弓騎兵を呼べ!残りの人間で時間稼ぎだ!死にたくなければ動け!行動開始っ」 静寂からの動、弾かれた様に騎士達は動きだす。 先程までの混乱、恐慌が嘘の様な機敏な動きだった。 精鋭の騎士も顔負けの勢いがそこにはあった。 訓練された兵士程、命令に良く従う。 そう、兵士はある意味で【機械】に近い。 彼等が熾烈な戦場で行動出来るのは【機械】的に【命令】に従う事で【個人】の思考を停止さているのだ。 洗練された奇跡の動き、一糸乱れぬこの動きは二度と出来ないだろう。 騎士達は自分がやるべき事を確認しあう。 笛を吹く者、時間を稼ぐ者。 後方に下がり笛を吹く仲間を守るべく、【肉の壁】になる為に残った者はタイラントに立ち塞がった。 「無駄ナ、足掻キダナ」 タイラントは決死の覚悟で向かって来る騎士を相も変わらず叩き潰して進む。 特に急ぐ必要も無いし、後方に離れた騎士とてその気になれば蜂の巣に何時でも出来る。 だからこそ、騎士達はが必死になって時間稼ぎをする様子が凄く滑稽に思えた。 成る程、これが【余裕】と言うものなのか。 軍人として戦場において油断などはしていない。 現に今も全く油断はしていない。 あらゆる事態を想定し、最善の手段を講じている。 それをもってしても、余計な事すら考えられる程の心の余裕。 だからなのか、死に物狂いで斬り付けてくる騎士の必死な様子に笑いがこみ上げてくるのは。 絶望しか無い戦い、化け物の巨腕に次々に仲間が殺られていく。 一人は兜ごと頭を握り潰され呆気なく死んだ。 一人はその剛腕が直撃し体をくの字にして吹き飛んで死んだ。 「あと少し、ほんの少しで良い!時間を稼げ!そうすれば俺達の勝ちだっ」 必死に仲間を鼓舞するロンデス。 自らも構える剣に力を込める。 前方に居る仲間が一息で肉の塊になるのを確認した。 ロンデスの心は恐怖と戦慄に支配されているが不思議と落ち着いていた。 ゆっくりと近付く暴虐の権化を前に剣を構えて待ち受ける。 乾坤一擲の一撃を見舞う為に。 「うおおおぉぉ!」 雄叫びと共に駆け出す、逃れられない決定事項である死。 だがそれを黙って受け入れる程、愚かでは無い。 この【化け物】にせめて一撃、一矢報いてみせる。 ロンデスは全力の一閃を袈裟斬りに振り抜いた。 極限の状況下、正に火事場の馬鹿力の一撃は生涯最高の一撃。 間違いなく、最高の一閃だと確信していた。 静寂の世界で不意にパキーンと甲高い金属音が聞こえた。 折れた刀身が回転しながらゆっくり目の前を落ちていく。 まるで自分の時間だけが遅くなっている様だった。 回転する刀身の向こうに立つ大男の姿にロンデスは改めて絶望した。 自身の生涯最高の一撃は男の【指】に、たった一本の【指】に弾かれたのだ。 まるで子供が振った小枝を折る様に、片手間の遊戯をする様に、刃は折られた。 そして大男はその巨体を半身にし、腕と身体を弓の様に引き、捻り、絞る。 巨体からミシミシと音が聞こえ、爆発的な力が収束しているのが容易に解った。 早く此処から逃げなくてはと頭では解ったているが身体が動かない。 大男の身体から赤黒いオーラが見える。 まるで血が蒸発し湯気になっている様だった。 足が地面に縫い付けられている、いや足だけでは無い。 身体も心も自分の全てが縫い付けられているのだ。 やがて折れた刀身が地面に突き刺さる。 その瞬間、ロンデスの意識は途切れた。 何故ならば爆発した剛腕に身体がバラバラに吹き飛ばされたからだ。 それと同時に笛の音が吹かれた。 皮肉な事に自身の死をもって【足止め作戦】は成功したのだ。 「タイラントよ、そこまでだ!」 修羅場に響く第三者の声は、騎士だけでなく村人も反応した。 この凄惨な事態を全く理解していない様な軽い声、要するに軽い挨拶の様な感じである。 モモンガからしてみればタイラントが【 掃除する ぶっ殺す 】と言った時点でこの状況は容易に想像出来た。 ましてタイラントはアインズ・ウール・ゴウンの前衛職であり、壁である。 そう簡単に殺られるとは到底考えられなかった。 完全武装のアルベドと共に宙に浮かび、颯爽と村へと降り立つ二人。 急転直下な状況が理解出来ない生き残りの騎士達は皆、立ち尽くしていた。 モモンガがカルネ村へと降り立ち、あっと言う間に事態を収拾させた。 生き残りの騎士達に アインズ・ウール・ゴウン 俺達のギルドの名 の名を刻ませて野に放つ。 取り合えずの撒き餌は撒いた。 あとは逃げた奴ら次第、果報は寝て待つだな。 団長はこの村の長の家に行き、この周囲状況とかを聞いている。 特に周辺国家や通貨について調べるとの事だ。 団長はサラリーマンで主に営業をやっていたらしいから聞き取りとかそう言うの得意そうだから任せた。 俺だとまともに喋れないし、なんか村人達のトラウマになってるみたいだし…… ここは大人しくアルベドと外で待っていよう……。 今日も空が綺麗だな…… 「タイラント様、お聞きしたい事があります」 澄んだ青空をボケーと眺めていると隣に居るアルベドから声をかけられた。 珍しいな、アルベドから声をかけてくるとは……。 でもアルベドとはちゃんと喋った事が無いからな、この機会にしっかりコミュニケーションを取らないと。 「ナンダ、アルベド」 「何故、タイラント様は長きに渡りお姿をお隠しになってしまわれたのか……臣下として知りたいと存じます」 タイラントは直ぐに答える事が出来なかった。 【現実世界】で忙しくてプレイ出来なかったのが事の真意だが、どう説明すれば良いか解らなかった。 アルベド……NPC達は一人、また一人と消えていく主人達を見てどう思ったのだろう。 忠を捧げた主、創造主たる者達が消えていく時の気持ちはどんなに辛かったのだろう。 恐らくは俺が想像も出来ない位辛く、絶望した事であろう。 それなのにサービス終了間際にポッと現れた俺に不信感を持ってもおかしく無い。 寧ろ、持たない方がおかしい。 「倒スベキ、敵ガ居タ」 「え……?」 「ソノ 敵 時間 ハ、手強ク、強大ナ物ダッタ……」 「タ、タイラント様をもってしても強大な者とは……」 アルベドが凄く驚いている、フルフェイス故に表情は解らないが。 「矢弾尽キ果テ、コノ身モ、只、滅ビル、ノミ。 ナラバ、我モ、敵ゴト 滅ビル サービス終了 筈ダッタ……」 タイラントはアルベドに背を向けた。 何だか喋っていて恥ずかしくなってきたからだ。 言い訳するにしても、もっと上手く言えないものかと沁々思った。 ボキャブラリーの少なさに嫌気がさす。 もっと学生の時、真面目に勉強するべきだったな。 だから、やりたい事も見つけられずに逃げる様に軍に入ってしまった。 自分で自分の可能性を捨ててしまったんだ。 いや、ある意味開花したと言って良いかもしれない。 滅茶苦茶な世界でしか通用しない才能だけど。 ヤレヤレと頭を軽く左右に振るタイラント。 自分の中途半端さ具合を再確認してしまい気分が更に下がった。 俺はこの身体を、この分身を使うに値するのか、生きる【価値】があるのか……と。 「ダガ、俺ハ、今モ、コウシテ【生キ恥】ヲ晒シテイル」 「生き恥などと……タイラント様っ」 タイラントは近付くアルベドに手を出して止める。 そして、しっかりとアルベドに、目の前に居る忠実なる臣下へ向き合う。 ドゴンと低く鈍い音がした。 なんとタイラントは頭を地面に打ち付けていたのだ。 その衝撃たるや、カルネ村に軽い地震の様なものが起き、皆村人達はビビっていた。 眼前で発生した珍事にアルベドは硬直している。 おでこから煙が出ているタイラントを前に何をして良いか解らなかったからだ。 現実世界 過去 の俺は今、此処で死んだ。 この場に居るのは新・ タイラント 暴君 だ。 この異界の【タイラント】として、ナザリックの【タイラント】に俺はなったのだ! だからこそ、俺は誓わねばならない。 忠勇なる臣下達、いや新たな【家族】に。 「許サレル、ノナラバ、拾ッタ命、オマエ達ノ為ニ、使ウ」 蒼天に拳を掲げるタイラント。 大昔の漫画で見て、超カッコイイと思った世紀末覇王のポーズ。 いつかタイミングがあったらやろうと暖めていた渾身のネタだ。 「コノ命ヲ、ナザリック、家族ヲ、守ル為ニ、使ワセテクレ」 言いたい事を言うだけ言ったタイラントはアルベドの方を見る。 アルベドはその場にひれ伏し、本当に見事な臣下の礼をしている。 何故だ?何故にそんなに低い姿勢なのかな?結局、俺に都合の良い事しか言ってないのに…… 「タイラント様の御心も知らずに不躾な事を……。 この守護者統括アルベド、タイラント様に改めて絶対なる忠誠を誓います」 「良イ、頭ヲ上ゲロ」 タイラントはアルベドの両肩を掴むとその腕力を持って立たせた。 高級将校じゃあるまいし、こう言った態度をとられると恥ずかしくなる。 何て言って良いか解らないが、取り合えず元気が出る様な事言えば良いだろう。 「オマエハ、団長ヲ、支エヨ。 オマエ、シカ、出来ナイ」 「くふー!私にしかで、出来ないにゃんて……」 めっちゃテンション上がったねアルベドさん。 そりゃモモンガ愛してる設定にしちゃったからだと思うけど……。 何だかタブラさんの作品を壊した様な……、汚した様な罪悪感が半端ない。 設定変えた時はこんな事になるなんて知らなかった!って言うのは言い訳だよなぁ。 いや、もうこうなったら毒を食らわば皿までって言うし徹底的にやるしかないな。 いや、無粋な真似は止めておこう。 身体をクネクネさせるアルベドを見ながら、俺はこの容姿で結婚とか出来るのであろうかと真剣に考えるタイラントだった。

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ナザリックの核弾頭

急転タイラント

「出来たぞ。 さぁ飲んで」 「や」 「そう言わずに。 ほら」 「や!」 「大丈夫だって全然苦くないし。 甘いぞー」 ガスマスクを外し素顔を露わにしているゴーストは、小さな薬包紙を摘まんで中身を口へ傾けた。 カラフルな粉がサラサラと流れ込んでいく。 ゴーストは喉を鳴らして呑み込み、軽快な笑顔を浮かべて口の中が空っぽになっているのを見せた。 「な? 大丈夫だって。 ただの甘い粉だから」 「……ほんと?」 「ホントさ。 この通り俺は平気だ」 「にがくない?」 「全っ然苦くない」 少女に差し出される薬包紙。 紙の上には緑、赤、青の三色に別れた色鮮やかな粉末が乗っていた。 どうも乾燥した植物を砕いたものらしい。 少女は恐る恐る、さながら初めて見る奇妙な生物と触れあうような慎重さで薬包紙を摘まむ。 しかし自分で飲む勇気がなかったのか、ゴーストへ薬包紙を渡して目を閉じつつ、あーんと大きく口を開けた。 眉間に皺が寄っている。 覚悟を決めたから入れてと言っているらしい。 ゴーストはすかさず流し込んだ。 少女はギョッと眼を見開いた。 「~~~~っ!? にがっ、にがいーっ! うええ、ごーすとうそつき!!」 「はは、騙してごめんよ。 確かにこいつはサイアクな味だ。 でもよく効くんだ。 すぐに傷が治る君でも、体にかかる負担を減らすことは出来るはずなんだよ。 隊長に迷惑かけたくないだろう? だからな、ほら、あと半分我慢して」 「んうぅぅぅ~~!!」 目元に涙を浮かべながら、残った薬を一息に呑み込む少女。 けほけほと咽つつ、ゴーストから貰った柑橘の缶ジュースを流し込んで何とか攻略に成功した。 粉末の正体は、ラクーンシティ近郊アークレイ山地に自生する 薬草 ハーブ である。 身体機能の改善、治癒能力の促進といった東洋医学的効果があり、種類によっては解毒作用を持つものもある。 ラクーンシティでは古くから馴染みのある薬草だけあってか、NESTでもそこかしこで栽培されていたらしい。 きっと応急処置用だろう。 それを拝借し、粉薬として加工したのがこれである。 ただし、味は子供舌を震え上がらせる脅威だったが。 「よしよし、偉いぞ。 頑張ったご褒美だ、好きなのを選んでくれ」 ポーチから茶褐色のビニール袋が次々取り出されていく。 かなり詰まっているのか、中身の輪郭が浮き彫りになっているものばかりだ。 パッケージの表記はMRE。 即ち 軍用携帯食料 レーション である。 「これはチョコレートバー、ウェットブレッドとピーナツバター。 こっちはグリルチキンだな。 あとはミートソースパスタと……ビーフシチューくらいか」 「? ??」 MREは戦地での栄養補給と士気の維持に貢献するため、1980年代と比べればかなり改良されている。 が、一般的な食事として見ればかなり劣悪な部類だ。 見た目も味も劣るのはしかたない。 しかし、少女の眼はそういった期待外れの眼差しではなく、まるで異国の奇特な料理を目の当たりにしたかのような、怪訝に満ちた眼差しをしていた。 「……もしかして、食べたこと無いのか?」 「? うん」 「パスタも? 全部?」 「ぱすたってなぁに?」 きょとんとする少女。 思わず目を泳がせるゴースト。 当然と言えば当然だった。 彼女は兵器で、人間じゃない。 きっと、例のゼリー飲料だけで過ごしてきたのだろう。 彼女の開発者が何かしら食べているところを見かけたかもしれないが、口にする機会はなかったのだ。 「……よし。 じゃあパスタとシチュー、ブレッドを開けよう。 気に入った奴を食べると良い」 幸い、この医務室で器には事欠かない。 棚から手術用トレイを取り出し、ひとつひとつ盛っていく。 本来食器として用いるべきものではない金属プレートばかりだが、だからこそ滅菌もしっかりしている。 ある意味、普通の食器より清潔かもしれない。 「このドロドロした汁物がシチューで、こっちの細い奴が纏まってるのがミートソースパスタ。 で、これがパン」 念のため『LISA-001』用に小分けしてから渡す。 もし彼女が口に合わないと残した場合、それを処理するのはゴーストだ。 『LISA-001』がウィルスで造られた兵器である以上、感染を避けるために同一の食器を使うことは出来ない。 真空パックからスプーンとフォークを出して少女へ渡す。 しかし道具の使い方が分からないからか、木の枝でも貰ったかのようにしっかり握って受け取る少女。 ゴーストが使用方法を教えると、少女はすぐに理解した。 慣れない手つきながらパスタを絡ませ、慎重に口へと運んでいく。 「……おいしい!」 「おっそうか。 じゃあきっとこれも気に入るだろう」 苦い薬を飲まされたせいで半信半疑に包まれていた少女の顔は、見違える笑顔で満たされた。 ジェル状栄養剤以外に口にするのは初めての体験だ。 味蕾に絡みつくソースの旨みは、疲れも相乗してか、例え軍用であっても格別に感じる。 気付けば容器は空っぽだ。 名残惜しそうにソースを掬う様子を見て、ゴーストはパン以外を全て少女に差し出した。 付属薬品の化学反応でレーションを温めていく。 少女は今か今かと待ちわびつつ、医務室の奥で椅子に腰かけながら見張りに徹するハンクに目を遣った。 「はんくはたべないの?」 「もう済んでいる」 あっさり両断された。 言われてみれば、傍の机に食べ痕のパッケージが放られている。 スティック状の食品だ。 味を犠牲にする代わりに手軽さや栄養面へ力を入れた完全栄養食だろう。 薬包紙のゴミを見るに、ハーブも服用したようだ。 「…………」 「何だ」 「かお」 「……なに?」 「ますく。 ぬいで」 食事のためにマスクを外したゴーストと、相変わらず漆黒の装備で肌1つ見えないハンク。 どうやら顔が気になるらしい。 出会ってから一度もマスクの下を見たことがないせいだ。 ゴーストがマスクを脱いだせいもあって、余計に好奇心を刺激されたらしい。 少女は口元にソースをつけたまま、ハンクの元ににじり寄った。 当然ながら、ハンクがまともに相手をするはずもなく。 時には叩き落とし、時には頭を抑えて鎮まらせる。 だが子供の好奇心は一度火が着くと止まらない。 一向に収まる気配はなく、あの手この手でマスクを剥がそうと躍起になっていた。 Wとしての馬鹿力を発揮されないだけマシだが、鬱陶しいことこの上ないとハンクは唸る。 「黙れ。 大人しくしていろ」 「……むー」 少女はこの3日間でハンクとの付き合い方を学習している。 これ以上は拳が飛んで来かねないと感じたのか、少女は大人しくゴーストの元へ戻っていった。 出会ったばかりの少女は人形と言っても差し支えない存在だった。 感情の機微に乏しく、陰鬱としていて、自発的な言動をせず、常々ナニカに怯える小動物のような脆さを帯びていた。 それが今はどうだ。 機械的に従う傀儡のようだった少女に、ハンクにちょっかいをかけるほどの色彩が宿っているではないか。 哀しみしか無かった表情に喜怒哀楽がはっきり映るようになった。 自ら言葉を発し、他者の損得を考えて行動するようになった。 精神的に成長している。 それも恐ろしい速度で。 肉体の変異とは違う進化。 歓迎すべきか否か、逡巡に値する成長である。 (精神の成熟は制御をより容易にする。 し ・ か ・ し ・ そ ・ れ ・ は ・ 現 ・ 状 ・ の ・ み ・。 回収後はむしろ弊害となりそうなものだが、さて) そこまで案じて、ハンクは思考を切り落とした。 ハンクの仕事は少女とGウィルスを回収すること。 その後の少女は管轄外だ。 考えるだけ無駄である。 利用価値が生まれるのなら精神の熟れだって大歓迎だ。 悪いようにはならないのだから。 使えるものはなんだろうと利用する。 それは幼児であろうが変わらない。 死神の芯は揺るがない。 金剛の意志に亀裂はない。 兵士はただ、主命に忠を尽くすのみ。 コールドスリープから目を覚まし、動き続けることおよそ3日目。 いくら生物兵器とはいえ、疲労の蓄積は相当だったに違いない。 満腹になった少女はうつらうつらと舟をこぎ始め、そのまま海の底へ沈んでいくかのように、深い深い眠りへ落ちていった。 (……無事にNESTから連れ出せたとして、この子はどうなる) 地獄に相応しくない安寧の微睡みを見守りながら、ゴーストは薄々と自問を投げかけた。 (彼女は 兵器 どうぐ で、アンブレラは持ち主。 ……どうなるかなんて想像もしたくない) ゴーストは人並の人生を送れなかった人間だ。 ある意味負け犬ともとれる人間だ。 そうでなければ、非合法な仕事を担う工作部隊に配属などされるものか。 Sのような捨て駒じゃないのが救いだが、だからと言って真っ当な別の生き方を選べたかと聞かれれば、静かに首を振らざるをえない。 銃を手に権力者の汚れを流血で雪ぐ人間が、日の元を歩む無辜の民と同列なはずがない。 高給と高待遇に眼が眩み、悪魔の狗となることを選んだのはゴーストだ。 時に殺人すら厭わないその悪性は、ハンクとなんら変らない。 そんなゴーストであっても、アンブレラの本質は唾を吐くに値する悪道なのだ。 無知で幼い子供だろうと、彼らは大義の元に容易く胎まで切り刻む。 必要ならチューブと機械の苗床にだってするだろう。 生まれたことを後悔するほどの苦痛と屈辱を、彼らは平坦な表情で強いるのだ。 下っ端のゴーストは全ての情報を掴んでいるわけではない。 それでも耳に入ってくる噂はある。 若者の頭を麻酔無しで切開し、脳の一部を切り取るという吐き気を催す違法手術。 ウィルスへの適合性を持ってしまったがゆえに、人の形を留めなくなるほど人体実験を繰り返された『不死身の出来損ない』の話。 アンブレラに踏み躙られた犠牲者たちの墓標には、冒涜なんて言葉が生温いほどの非道な傷痕が刻まれているのだ。 (どれだけ楽観的に考えても、彼女の行きつく先は隷属だ。 爆弾付きの首輪でもつけられて、お偉いさんの敵を葬る暗殺者にでも育てられるんだろう。 私情を潰され、幸福の甘受も許されない肉の機械として擦り切れるまで働かされる。 後継が生まれてしまえば、その時点で廃棄処分だ) 絶望的。 それ以外に言葉はない。 どう見繕ったって少女は死ぬ。 体は生きても心は死ぬ。 それは最悪な結末に他ならない。 今のNESTは奈落の底だが、彼女にとってこの瞬間こそ幸福なのではと思えるほどだ。 ハンクとゴーストに保護されている現状が、彼女の感じる最後の安息なのではないだろうかと。 「……」 ゴースト自身、アンブレラに魂を売った外道に変わりない。 それでも、そうであっても、彼女の境遇はあまりに酷だと、胸を痛めずにいられない。 一片の同情も寄せずにいられるのはハンクくらいの例外だ。 ゴーストは例外ではない。 ゴーストが死神になることは出来ない。 (どうすりゃいい。 いや、俺が考えたところでどうなるってんだ) タイラントを退け、医務室へ避難し、一時休息するとハンクの指示が下った時。 途中で回収した『LISA-001』のデータや開発者のビデオメッセージなど、全ての情報がハンクによって共有された。 少女の母である研究者は願っていた。 残酷な宿命の元に産んでしまったからこそ責務を抱いて、幸あれと切に願っていた。 (我ながらつくづく甘いな。 隊長が俺の心を読んだらなんて言うか。 ……この仕事、向いてねえのかも) 「ごーすと」 ふと、眠っていたはずの少女がゴーストへ声を投げてきた。 向けば、なにやらソファに座ったままモジモジしている。 どこかバツの悪そうな表情で、じっとゴーストに目を合わせていた。 「どうした? 今日は一日休憩するって隊長が言ったんだから、まだしばらく寝てていいんだぞ」 「う、んぅ。 えっとね、おしっこいきたい」 「…………あー」 兵器とて彼女も生物。 生理現象は当然ある。 今はゴーストが見張り番でハンクは眠っている状態だ。 必然的にゴーストが連れて行くしかない。 幸いトイレはすぐ傍にある。 ほんの少し席を外す程度なら問題ないだろうと、少女を連れて医務室を後にした。 Wの世話係か。 こんな体験、もう二度と無いだろうなぁ) 手洗い場の出入り口でぼうっと控えるゴースト。 この付近は電気の通りが悪いらしく、下層と比べて夜のように暗い。 光源は薄ぼんやりとした夜間灯の緑くらいで、さながら廃墟の病院である。 「ごーすと。 いる?」 「ああ。 いるぞ」 時折確認の声が飛んでくる。 たった独りでNESTを歩み、ゴーストまで辿り着いた少女でも、こういった状況には弱いようだ。 危篤のハンクのために我武者羅で動いてたんだろうと推察する。 つくづく人間らしい子だと、生物兵器のトイレ番という奇妙な現状も合わさって笑みが零れた。 (それにしても静かだ。 物音ひとつない。 下層なんか戦場みたいだったのに) 最も大きく聴こえるのは自分の吐息と心音だ。 沈黙の支配圏に立っているのがよく分かる。 このまま目を瞑れば、無音の暗闇に吸い込まれてしまいそうな静寂だった。 「?」 反射的に銃口を向ける。 弛んでいた兵士としての感覚が一気に研ぎ澄まされ、鋭敏なセンサーとして覚醒していく。 足音が聞こえた。 ばたばたと、慌ただしく床を蹴っているのが聴こえる。 「なんだ……? こっちに向かってくる?」 15m先の曲がり角から聴こえる。 サーチライトの射程距離外だが、何かが走っていることだけは確かだった。 やがて、音の正体が姿を現した。 男だった。 顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、脇目も振らず一目散に駆け抜けてくる男だった。 白衣や戦闘服ではなく、ごくありふれた普段着に身を包む眼鏡の男。 曲がり角からゴーストのいる道へカーブして、そのまま盛大に滑ってこけた。 (生存者だ。 感染していない) 感染者はあんな生気ある動きはしない。 顔を恐怖で汚されることなどない。 情けない悲鳴を上げて赤子のように這いずり回る成人の男は、ゴーストの軍用ライトを視認するやいなや座り込んで両手を上げた。 「待て! 撃つな、撃つな!! 私は噛まれてない! ずっと部屋のロッカーに隠れてやり過ごしてたんだ! 頼む助けてくれ、お願いだ!」 「動くな。 何者か知らんがじっとしてろ」 「無理だ、無理だ、すぐにアイツが来る! 早く逃げなきゃ駄目だ!! なぁおい、あんた、兵士なら俺を助けてくれよ! その銃で奴を」 刹那。 男はまるで影に連れ去れたかのように、悲鳴を上げながら闇の中へ消えていった。 一瞬にして汗が吹き出す。 引き金へかかる圧が強くなる。 「おいおいおいおい……! お嬢ちゃん頼むから早くしてくれ……!」 少女を置いて立ち去るわけにはいかない。 水洗の音が聞こえたから、すぐにでも外へ出てくるだろう。 それまで僅か十数秒を、正体不明と向き合いながら防戦する覚悟を決める。 (……いや、ちょっと待てよ) けれど、緊張の死線に立つゴーストの脳裏を掠めたのは、まだ見ぬ強敵の出現や死の恐怖ではなく、一抹ばかりの違和感だった。 (奇妙だ。 素人らしかったが、何故今の今まで生きてこれたんだ? 感染が始まってもう3日以上だぞ。 しかも新品に近い私服姿。 この地獄で武器も持たずに、着替える余裕まであったってのか?) NESTの感染者はみな一様に作業着を着こなすスタッフばかりだった。 白衣、ツナギ、スーツと様々だが、プライベートを楽しむ普段着など身に着けている者は見たことが無い。 それは暗に、アウトブレイクが起こってから着替えに頓着する余裕など誰も無かった証左である。 (それにだ。 アイツは俺が銃を持ってると一目で見抜いた。 ライトで視界を塞がれてたはずなのに。 何故銃を持ってると疑いもなく分かった?) 視認してからの状況把握が速すぎる。 まるで事前に知っていたかのような口ぶりだった。 ゴーストの持つ軍用ライトは非常に強力なのだ。 まともに浴びて視界を確保できるわけがない。 にも関わらず、ただのバイオ研究機関であるNESTの真っただ中、目を瞑されて何故ゴーストが兵士であると理解できた? (肝心の敵の気配が無いのも引っ掛かる。 気味が悪い、まるで墓の中にでも放り込まれたような気分だ。 視界の端に違和感。 何かが垂れている。 ぶらんぶらんと揺れている。 鈍く光る、ブラインド状の四角い金属。 見間違えるはずもなく、それは通気口の蓋だった。 「あっ」 「ごーすと。 おおきいこえきこえけど、だいじょうぶ? ………………ごーすと?」.

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【完結】The 5th Survivor

急転タイラント

程遠いんだよねぇ! とは、「」に登場したである。 概要 33話においてがととの中、逆転する直前に彼らに対して放った。 正しくは、「たちのは素らしかった!も戦略も!だが、しかし、まるで全然!このを倒すには 程遠いんだよねぇ!」と続く。 あまりの強なと回しにより、同放送回で彼が連呼した「」と合わせて(的な意味で)くもを集めつつある。 における名「」のとでも言うべき位置づけで、でも やのへの文句としてとしてやなどで見かける機会が増えている。 まぁ、詳細は当記事のや下記の使用例を見ればわかるだろう。 当記事掲示板において 当記事のではこのを使い、日壮絶な「程遠いんだよねぇ!」合戦が繰り広げられている。 < ・<軍<<・<ド・< 幻王 ・ライド<エキセン・< ・<のディーヴァ< ・ナイト<サウザンド・・<闘士<<< 霊魂消滅<・ウォール<<・モンク <D・ラジカッセン< モーム<生贄封じの<・<D. 86 H-Cト<・ディ<RR-・<A-立のオニマル<皇V. <妨げられしの眠り<眼の<ー<<新<【】<障<<-単三-<の<<No. <<RR-・<No. グ< 全部読んだ人!の熱意は素らしかった! 最後まで読んだ根気も、費やした時間の量も! だが、しかし、まるで全然!ここでするには程遠いんだよねぇ! と言いつつると被り回避したい人のための用。 でも別に被り禁止とかそんなとは程遠いんだよねぇ! 関連動画 関連項目•

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