クリニカル イナーシャ。 事前に予測し事前に回避する「予見」を医学にも|Beyond Health|ビヨンドヘルス

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クリニカル イナーシャ

脳卒中や心筋梗塞など循環器イベント(重大事象)の発生を予防するにはこれまで考えられてきたように血圧をコントロールするのが最も望ましいのですか。 はい、そうです。 循環器イベントは、動脈硬化の進展で血管壁にプラークが生じ、そこが破たんし血栓が形成されたり血管が破れたりすると、前触れなく発生します。 「循環器疾患は1日にしてはならず、しかし発症は非連続」と言われるのは、そのためです。 プラークの破たんを引き起こす力のうち最も影響の大きなものが、血圧なのです。 血圧はエビデンスが確立したリスク因子です。 収縮期血圧で20mmHg、拡張期血圧で10mmHg上昇すると、循環器疾患による死亡率は倍に増えるという研究成果も報告されています。 反対に、血圧は下げれば確実に効果が表れます。 しかも、下げる方法は問いません。 降圧薬による治療でも、食事や運動など生活習慣の改善でも、住環境の見直しでも、何でもいいのです。 さらに、体を傷つけることなく非侵襲的に測定できますから、だれでも自分で測定可能です。 ヘルスケアのマスターバイオマーカーと言えます。 しかし現実には、重要な指標であるにもかかわらず、循環器イベントの発生予防にその血圧が十分に生かされているとは言えません。 何が問題ですか。 これまで多くの疫学・臨床研究によって、高血圧や糖尿病などリスク因子を持つ場合、循環器イベントの発生確率がどの程度高まるか、統計的に算出できるようにはなりました。 しかし患者一人ひとりに関して、循環器イベントが、いつ、どこで発生しそうか、予測することはできませんでした。 そのため、臨床の現場では測定値に基づく事後指導にならざるを得ませんでした。 循環器イベントの発生リスクを示し、生活習慣などで気を付けるべき点を伝える程度に終始してきました。 また「クリニカルイナーシャ(臨床的惰性)」の問題も指摘されています。 治療目標を達成できていないにもかかわらず、医師も患者も治療の強化に乗り出そうとしないのです。 適切にコントロールさえすれば血圧は下がるとわかっていても、実際に目標値まで落とせるのは、3人に1人の割合にとどまっています。

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臨床的な惰性 臨床的な惰性(Clinical Inertia)とは、治療目標が達成されていないにもかかわらず、治療が適切に強化されていないことと定義されている。 Pantalone氏らによる最近の研究では、Cleveland Clinicで治療を受けた2型糖尿病(T2DM)患者に高い割合で臨床的な惰性がみられた。 この研究では、2種類の経口血糖降下薬を6ヵ月以上投与する安定したレジメンで治療を行った7,389名のカルテをレビューし() 、ヘモグロビンA1c(HbA1c)が目標値より高かった患者で治療が強化されていたかどうかを確認した。 この結果は、HbA1cが目標値を超えて上昇してから治療強化までの期間の中央値が1年以上であったことを明らかにしたシステマティックレビュー 2 をはじめ、臨床的な惰性に関するその他の研究結果と一致している。 Pantalone氏らの直近の研究は、研究施設のカルテシステム以外では治療の変更を把握できなかった点や、生活習慣の改善の推奨や専門医への紹介に関する記録を得なかった点など、いくつか限界がある。 そのため、治療介入の中には見逃がされたものがある可能性がある。 このため一部の症例では、臨床的な惰性が医療として適切なこともある。 しかし、明らかに治療介入がない患者の大多数にそのような状況が当てはまるとは考えられない。 今回得られた結果は、臨床的な惰性が非常に一般的であることを示唆している。 糖尿病患者の約半数がHbA1c目標値に達していないことからわかるように、このような臨床的な惰性が蔓延していることは深刻な公衆衛生問題である。 臨床的な惰性の原因 「臨床的な惰性」という用語は、患者が適切な治療強化を受けていない場合に医療提供者に責任があることを暗に示している。 実際には、この現象は医師、患者、システムに関連する複数の要因によって生じている。 糖尿病の治療強化には、複数の経口薬や注射剤、フィンガースティックによる血糖測定および生活習慣の大幅な改善が必要になることもある。 このような患者は、多数の併存疾患を抱えていて追加の薬剤を必要とすることも多い。 そのような状況では、特に注射剤[例:インスリン、グルカゴン様ペプチド1(GLP-1)受容体アナログ]など新しい薬剤に対する苦痛や抵抗が生まれることがあり、多くの患者が最初の時点で使用を拒否する 5。 また、糖尿病に関する自己負担費用が増加することが、患者や医療提供者が新たな薬剤の開始を躊躇する要因となることもある。 このため、患者は血糖値上昇への最初の対策として、生活習慣の改善を試みる方を好むのである。 現在の医療環境では、残念ながら医療提供者が常に最先端の糖尿病治療を提供できるとは限らない。 一度にすべての併存疾患に対応するにはフォローアップの来診時間が短すぎるため、医療提供者は投薬の調整を先延ばしにせざるをえない。 GLP1受容体作動薬やナトリウム-グルコース共輸送体2(SGLT2)阻害薬などの多くの新薬の登場によって糖尿病治療はより複雑になり、プライマリーケア医は治療強化することに不安を感じている。 このような要因によって専門治療を紹介する必要性が増したものの、ほとんどの地域では糖尿病専門医の数が不足しており、予約の待ち時間が非常に長いこともある。 最後に、生活習慣の変化による糖尿病コントロール改善は十分に確立されているが、行動の変化を過度に強調すると、治療目標を達成できなかったり、薬物療法による治療が不十分だったりした場合に患者を責めることになりうる。 臨床的な惰性による経済および臨床的帰結の全体像については不明である。 もっとも、臨床的な惰性は糖尿病コントロール不良への明らかな寄与因子であり、重大な公衆衛生問題である。 臨床的な惰性の原因解明にはより多くの研究が必要だが、診療において迅速かつ適切に患者中心の方法で治療を強化するため、医療提供者はこの問題を知っておく必要がある。 参考文献 1. l: Clinical inertia in type 2 diabetes management: Evidence from a large, real-world data set. Diabetes Care 41:e113—e114, 2018. 2. : Therapeutic inertia in the treatment of hyperglycaemia in patients with type 2 diabetes: A systematic review. : Intensification of diabetes therapy and time until a1c goal attainment among patients with newly diagnosed type 2 diabetes who fail metformin monotherapy within a large integrated health system. Diabetes Care 39:1527—1534, 2016. : Glycemic targets: Standards of medical care in diabetes-2018. Diabetes Care 41:S55—S64, 2018. : Clinical inertia and its impact on treatment intensification in people with type 2 diabetes mellitus. , Inc. , Kenilworth, N. , U. Aは、米国とカナダ以外の国と地域ではMSDとして知られる、すこやかな世界の実現を目指して努力を続ける、グローバルヘルスケアリーダーです。 病気の新たな治療法や予防法の開発から、助けの必要な人々の支援まで、世界中の人々の健康や福祉の向上に取り組んでいます。 このマニュアルは社会へのサービスとして1899年に創刊されました。 古くからのこの重要な資産は米国、カナダではMerck Manual、その他の国と地域ではMSD Manualとして引き継がれています。 私たちのコミットメントの詳細は、をご覧ください。 必ずお読みください:本マニュアルの執筆者、レビュアー、編集者は、記載されている治療法、薬剤、診療に関する考察が正確であること、また公開時に一般的とされる基準に準拠していることを入念に確認する作業を実施しています。 しかしながら、その後の研究や臨床経験の蓄積による日々の情報変化、専門家の間の一定の見解の相違、個々の臨床における状況の違い、または膨大な文章の作成時における人為的ミスの可能性等により、他の情報源による医学情報と本マニュアルの情報が異なることがあります。 本マニュアルの情報は専門家としての助言を意図したものではなく、医師、薬剤師、その他の医療従事者への相談に代わるものではありません。 ご利用の皆様は、本マニュアルの情報を理由に専門家の医学的な助言を軽視したり、助言の入手を遅らせたりすることがないようご注意ください。 本マニュアルの内容は米国の医療行為や情報を反映しています。 米国以外の国では、臨床ガイドライン、診療基準、専門家の意見が異なる場合もありますので、ご利用の際にはご自身の国の医療情報源も併せて参照されるようお願い致します。 また、英語で提供されているすべての情報が、すべての言語で提供されているとは限りませんので、ご注意ください。

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名古屋市の糖尿病・内分泌内科クリニックTOSAKI(戸崎) 〜 院長(糖尿病専門医)業績 〜

クリニカル イナーシャ

(2019年12月16日 公開) 「クリニカル イナーシャ(Clinical Inertia)」という言葉をご存じでしょうか? 「臨床的惰性」などとも訳され、最近、よく耳にするようになりました。 患者さんが治療目標に達していないのに、適切な治療が行われていない状態を意味します。 糖尿病の領域に限らず、医療全体が抱える課題の一つです。 身近に潜むクリニカル イナーシャ。 看護師の「観察眼」を生かして改善を 糖尿病治療における「クリニカル イナーシャ」とは、どんなことを言うのでしょうか。 たとえば、患者さんがインスリン注射療法への移行を強固に拒否された場合。 「もっと食事療法をがんばるから」という患者さんの意思を尊重して医師がインスリン治療を先送りにするといったケースがあります。 お薬も「きちんと飲んでる」という患者さんを真っ向から否定するわけにはいかず、いつも通りの処方を続けることがあるかもしれません。 しかし、患者さんを慮るあまり血糖コントロールが悪化してしまっては本末転倒です。 そこで頼りになるのが、看護師の皆さんの「観察眼」です。 患者さんがインスリン注射を嫌がる本当の理由は何なのか、人前で注射をするのが恥ずかしいのか、痛みが怖いのか、それとも金銭的な問題か、そうした患者さんの本当の気持ち=インサイトを、患者さんを観察したり、患者さんと対話する中で探っていただきたいのです。 患者さんの本当の気持ちがわかれば 取るべき対応が変わることも 金銭的な負担が心配な患者さんに、いくらインスリン注射が大事だと訴えても響きません。 実際にどれくらい薬代が増えるのか一緒に計算してみることが大切でしょう。 また、「きちんと飲んでる」という患者さんが、実は、薬の種類が多いために、服用方法を誤っていたというケースもあります。 薬の整理方法を提案したり、配合薬への変更も改善方法の一つかもしれません。 このように患者さんのインサイトがわかれば、対処も変わります。 その結果、患者さんは適切な治療が受けられるようになります。 皆さんの現場に「クリニカル イナーシャ」が潜んでいないか、ぜひ一度検証してみてください。 どういった患者さんには、どういったアプローチが良いのか、医師も含めて、ケーススタディを皆で持ち寄る機会があるといいですね。

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