では 『歌姫』の元祖は誰かと問われれば、わたしは中森明菜と即答したい。 ちょうど7年前の2010年の夏に、宇多田ヒカルが「人間活動に専念したい」と一時期歌手活動を休止したことがありましたが、この真逆を行くのが中森明菜なのです。 兄弟姉妹の多い家庭に生まれ、若い頃から結婚願望も強かった明菜は、料理や掃除など家事全般もちゃんと出来る人なのですが、どこか明菜には 「歌の世界以外では生きていけない。 命の火を燃やすように歌っている」そんな歌うたいの深遠さを感じてしまいます。 それこそ、中森明菜が絶対的歌姫であると感じざるを得ない圧倒的なオーラなのです。 それがその後のカバーシリーズに繋がる 1994年リリースの 「歌姫」です。 この歌姫シリーズでは男歌、演歌、フォークソング、ムード歌謡などにもチャレンジし、ベスト盤も含めて全13枚もリリースされています。 明菜は「カラオケのお手本」ではなく飽くまでも原曲のイメージを壊さないことを大切にしながら、自分の歌に昇華させてカバーというジャンルでも聴く者を切々と魅了し続けました。 そして「歌姫」リリースから20年以上経った今でも、数々のアーティストが今でもカバーアルバムを作り続けています。 その火付け役こそ中森明菜だったのです。 中森明菜がデビューするまで 出逢いは スローモーション 軽いめまい 誘うほどに 瞳の中 映る人 スローモーション/中森明菜 — 中森明菜応援 akinanakamorii 中森明菜は1965年7月13日に6人兄弟姉妹の5番目(3女)として生まれ、東京都の清瀬市で育ちました。 兄弟姉妹6人全員が父から「明」の一字をもらっているのは有名な話ですね。 明菜は4歳からバレエを習っていました。 パフォーマンスで見せるしなやかなダンスや腰ののけぞりは、きっとバレエの基礎があったから出来たのでしょうね。 そして 歌の好きだった母の影響で明菜も歌手になりたいという夢を抱くようになりました。 明菜が スター誕生のオーディションの応募ハガキを送ったのは、中学に入学してすぐのことです。 当時のスター誕生は森昌子、山口百恵、桜田淳子の中三トリオ、岩崎宏美、ピンク・レディーなどを排出し、お茶の間でも注目のテレビ番組になっていました。 審査員も阿久悠、中村泰士、都倉俊一など名だたる顔ぶれ。 スター誕生の人気は凄いものがありました。 オーディション日時の通知の返事が届いたのは、なんと明菜がハガキを送ってから1年後のことだったそうです。 それだけ当時スター誕生のオーディションを受けようとする少年少女が多かったという証拠でしょう。 そんなスター誕生のオーディションに明菜もチャレンジしますが、 決して順風満帆なものではありませんでした。 何度も何度も予選で落とされました。 山口百恵、ピンク・レディー、小泉今日子、中森明菜…みんなこの番組から誕生した。 1973年10月3日、オーディション番組「スター誕生!」放送開始 — 大人のMusic Calendar 0musicwalker 中でも審査員の 松田トシは明菜に厳しかったようです。 やっとたどりついた本戦大会でも明菜は2回も手厳しい批判をされました。 最初の挑戦では岩崎宏美の「夏に抱かれて」、2度目の挑戦で松田聖子の「青い珊瑚礁」を歌い抜群の歌唱力を見せつけましたが 「見た目の幼さと選曲が合っていない」と指摘されてしまったのです。 明菜は3回目の挑戦で 「今回が3度目の挑戦です。 私はもう大人です」と深くお辞儀をして 山口百恵の「夢前案内人」を歌いました。 この明菜の所作と歌唱に感銘を受けた 中村泰士は、 本当なら100点を付けたかったけど、電光掲示板が2桁しかないから99点になってしまったと回想しています。 そして 明菜はスター誕生史上最高得点の392点を獲得! 1ヶ月後の決戦大会では11人ものスカウトマンが明菜に一斉にプラカードを掲げ、見事デビューを勝ち取りスターへの階段を上り始めるのです。 当時はまだ小さなプロダクションだった研音に所属することになった明菜。 普通の女の子(=少女A)がアイドルへ変わった瞬間でした。 松田聖子が80年デビューで明菜よりも2年先輩。 年は3つも上です。 デビュー当時の明菜にとって聖子はむしろライバルではなく、 憧れのお姉さん的な存在 だたとベストテンで語っていました。 明菜が全盛期のころ、聖子はすでに神田正輝と結婚し出産をしてます。 確かに世代的には同時期ではありますが、若干ピークがズレているのです。 明菜のデビューした1982年はアイドル豊作の年で、 花の82年組とまで呼ばれていました。 シブがき隊、小泉今日子、早見優、堀ちえみ、松本伊代、石川秀美などが同期に顔を連ね、さらに翌年には チェッカーズがメジャーデビューを果たしており、大変な群雄割拠ぶりだったのです。 何かと 聖子vs明菜と取り沙汰されますが、当時の状況を考えると、 明菜本人は同期もみんなライバルだったでしょうから、松田聖子だけを特別ライバル視するような余裕はなかったのではないでしょうか? 元祖ツンデレ?!しっとり系とツッパリ路線を繰り返したセールス戦略 ずるい人… 大人のやり方ね ため息ひとつ またワナかける 禁区/中森明菜 — 中森明菜応援 akinanakamorii 明菜も最初は同期のみんなや、憧れていた聖子のような フリフリの明るい衣装を着た王道アイドルに憧れていたたそうです。 デビュー曲 「スローモーション」は来生たかおのミディアムバラードでしたが、 セカンドシングル 「少女A」で不良っぽい歌を笑顔を見せずに歌い、 明菜は一躍ブレイクを果たしました。 当時は山口百恵が引退して、大人っぽく背伸びをしたような陰りのあるアイドルがいなくなってしっていました。 そのポジションに、明菜を置こうという売り手側の戦略があったと言われています。 当初は明菜自身も「少女A」には少しハマりきれない気持ちを持ちながら歌っていたようです。 しかしながらこの「少女A」で明菜は「スローモーション」では叶えられなかった 夜のヒットスタジオにも初出演を果たします。 明菜はこの「十戒(1984)」で衣装や振り付け、髪型などを自分で考えるようになり、以降のシングルでは 選曲や歌詞にもどんどん自分の意見を出すようになっていきます。 この曲には実は違う元の歌詞がありました。 しかし、明菜は 「これではインパクトが足りない。 書き直して欲しい」と作家陣に注文を出すのです。 そのお蔵入りになった元の歌詞はその後12インチシングルで 「赤い鳥逃げた」という同曲異歌詞の曲としてリリースされています。 いよいよ天下を取った明菜の『歌姫伝説』が動き出します。 アイドルからアーティストへ 不思議/中森明菜 1. Back door night 2. ニュージェネレーション 3. Labyrinth 4. マリオネット 5. 幻惑されて 6. ガラスの心 7. Teenageblue 8. 燠火 9. Wait for you 10. Mushroom — 中森明菜応援 akinanakamorii また、明菜は 実験的なレコーディングも行っていました。 アルバム 「不思議」です。 歌詞も聴き取れないくらいエフェクトをかけまくったこのアルバムを聴いた人から、レコードが壊れているのではないか?と苦情が来るほどのものでした。 その後「不思議」のに収録した曲の中から5曲を、エフェクトをなしバージョンの「Wonder」というタイトルでCD化して発売をしています。 もう、 中森明菜はアイドルではなく、完全に アーティストに成長していたのです。 夜のヒットスタジオではアルバム「不思議」から「Back door night」と「マリオネット」の2曲を披露しているのですが、そのパフォーマンスは実に圧巻です。 明菜の名曲のひとつ 「難破船」もぜひ映像で見てもらいたいパフォーマンスのひとつです。 明菜は歌の世界にハマり込むあまり、美しい涙をスーッと流して歌うのです。 華奢なデコルテを露わにしたドレスとスタジオの演出も、何回も披露しているのにひとつとして同じものがなく秀逸なのです。 このように歌の世界を映画のように映し出す 劇場型の歌手として、明菜はちあきなおみに通じるものがあるとわたしは思っているのです。 その後も 「BLOND」では 全身をエルメスのスカーフで仕立てた衣装を着たり、自分のイメージに合わない演出をテレビ局側が用意すると、細かく明菜自らチェックを入れていたようでした。 そんなところから「生意気」「性格が悪い」などという誹謗中傷も生まれましたが、 明菜にとってはアーティストとして譲れないところがあったのでしょう。 現在の活動は Jeryl Luさん jeryllu が投稿した写真 — 2017 1月 10 2:55午前 PST 明菜は2010年の7月に自らのキャラクターを起用したパチンコ台のPRイベントに出席したのを最後に、 体調不良のため芸能活動を無期限休止することを発表。 しかしその間も夜のヒットスタジオやベストテンの映像をまとめたDVDボックスなどの発売もあり、復帰が待ち望まれていた。 2014年11月放送のNHK「SONGS」で明菜は久しぶりに元気な姿を見せてくれてファンを喜ばせ、さらには NHK紅白歌合戦にもサプライズゲストとしてNYから新曲 「Rojo -Tierra-」 を披露。 少し緊張の面持ちながら、その力強い歌声と、明菜らしいパフォーマンスを見せつけてくれました。 12月には 6年ぶりのオリジナルアルバム 「FIXER」を発表しました。 さらに 明菜はオーディエンスの前にも戻ってきたのです。 ディナーショーのチケット販売が開始されると、 高額にもかかわらず瞬く間に完売。 当初7日間の予定でしたが、急遽3日間追加公演が開催されることになりました。 明菜の完全復活です!中森明菜の変わることのない人気を世間に知らしめました。 この明菜の復活に喜んだファンは本当にたくさんいたでしょうね。 不死鳥のように蘇り輝きを取り戻した 『歌姫』中森明菜。 これからも歌い続ける限り大きな喝采を浴びることでしょう。
次のでは 『歌姫』の元祖は誰かと問われれば、わたしは中森明菜と即答したい。 ちょうど7年前の2010年の夏に、宇多田ヒカルが「人間活動に専念したい」と一時期歌手活動を休止したことがありましたが、この真逆を行くのが中森明菜なのです。 兄弟姉妹の多い家庭に生まれ、若い頃から結婚願望も強かった明菜は、料理や掃除など家事全般もちゃんと出来る人なのですが、どこか明菜には 「歌の世界以外では生きていけない。 命の火を燃やすように歌っている」そんな歌うたいの深遠さを感じてしまいます。 それこそ、中森明菜が絶対的歌姫であると感じざるを得ない圧倒的なオーラなのです。 それがその後のカバーシリーズに繋がる 1994年リリースの 「歌姫」です。 この歌姫シリーズでは男歌、演歌、フォークソング、ムード歌謡などにもチャレンジし、ベスト盤も含めて全13枚もリリースされています。 明菜は「カラオケのお手本」ではなく飽くまでも原曲のイメージを壊さないことを大切にしながら、自分の歌に昇華させてカバーというジャンルでも聴く者を切々と魅了し続けました。 そして「歌姫」リリースから20年以上経った今でも、数々のアーティストが今でもカバーアルバムを作り続けています。 その火付け役こそ中森明菜だったのです。 中森明菜がデビューするまで 出逢いは スローモーション 軽いめまい 誘うほどに 瞳の中 映る人 スローモーション/中森明菜 — 中森明菜応援 akinanakamorii 中森明菜は1965年7月13日に6人兄弟姉妹の5番目(3女)として生まれ、東京都の清瀬市で育ちました。 兄弟姉妹6人全員が父から「明」の一字をもらっているのは有名な話ですね。 明菜は4歳からバレエを習っていました。 パフォーマンスで見せるしなやかなダンスや腰ののけぞりは、きっとバレエの基礎があったから出来たのでしょうね。 そして 歌の好きだった母の影響で明菜も歌手になりたいという夢を抱くようになりました。 明菜が スター誕生のオーディションの応募ハガキを送ったのは、中学に入学してすぐのことです。 当時のスター誕生は森昌子、山口百恵、桜田淳子の中三トリオ、岩崎宏美、ピンク・レディーなどを排出し、お茶の間でも注目のテレビ番組になっていました。 審査員も阿久悠、中村泰士、都倉俊一など名だたる顔ぶれ。 スター誕生の人気は凄いものがありました。 オーディション日時の通知の返事が届いたのは、なんと明菜がハガキを送ってから1年後のことだったそうです。 それだけ当時スター誕生のオーディションを受けようとする少年少女が多かったという証拠でしょう。 そんなスター誕生のオーディションに明菜もチャレンジしますが、 決して順風満帆なものではありませんでした。 何度も何度も予選で落とされました。 山口百恵、ピンク・レディー、小泉今日子、中森明菜…みんなこの番組から誕生した。 1973年10月3日、オーディション番組「スター誕生!」放送開始 — 大人のMusic Calendar 0musicwalker 中でも審査員の 松田トシは明菜に厳しかったようです。 やっとたどりついた本戦大会でも明菜は2回も手厳しい批判をされました。 最初の挑戦では岩崎宏美の「夏に抱かれて」、2度目の挑戦で松田聖子の「青い珊瑚礁」を歌い抜群の歌唱力を見せつけましたが 「見た目の幼さと選曲が合っていない」と指摘されてしまったのです。 明菜は3回目の挑戦で 「今回が3度目の挑戦です。 私はもう大人です」と深くお辞儀をして 山口百恵の「夢前案内人」を歌いました。 この明菜の所作と歌唱に感銘を受けた 中村泰士は、 本当なら100点を付けたかったけど、電光掲示板が2桁しかないから99点になってしまったと回想しています。 そして 明菜はスター誕生史上最高得点の392点を獲得! 1ヶ月後の決戦大会では11人ものスカウトマンが明菜に一斉にプラカードを掲げ、見事デビューを勝ち取りスターへの階段を上り始めるのです。 当時はまだ小さなプロダクションだった研音に所属することになった明菜。 普通の女の子(=少女A)がアイドルへ変わった瞬間でした。 松田聖子が80年デビューで明菜よりも2年先輩。 年は3つも上です。 デビュー当時の明菜にとって聖子はむしろライバルではなく、 憧れのお姉さん的な存在 だたとベストテンで語っていました。 明菜が全盛期のころ、聖子はすでに神田正輝と結婚し出産をしてます。 確かに世代的には同時期ではありますが、若干ピークがズレているのです。 明菜のデビューした1982年はアイドル豊作の年で、 花の82年組とまで呼ばれていました。 シブがき隊、小泉今日子、早見優、堀ちえみ、松本伊代、石川秀美などが同期に顔を連ね、さらに翌年には チェッカーズがメジャーデビューを果たしており、大変な群雄割拠ぶりだったのです。 何かと 聖子vs明菜と取り沙汰されますが、当時の状況を考えると、 明菜本人は同期もみんなライバルだったでしょうから、松田聖子だけを特別ライバル視するような余裕はなかったのではないでしょうか? 元祖ツンデレ?!しっとり系とツッパリ路線を繰り返したセールス戦略 ずるい人… 大人のやり方ね ため息ひとつ またワナかける 禁区/中森明菜 — 中森明菜応援 akinanakamorii 明菜も最初は同期のみんなや、憧れていた聖子のような フリフリの明るい衣装を着た王道アイドルに憧れていたたそうです。 デビュー曲 「スローモーション」は来生たかおのミディアムバラードでしたが、 セカンドシングル 「少女A」で不良っぽい歌を笑顔を見せずに歌い、 明菜は一躍ブレイクを果たしました。 当時は山口百恵が引退して、大人っぽく背伸びをしたような陰りのあるアイドルがいなくなってしっていました。 そのポジションに、明菜を置こうという売り手側の戦略があったと言われています。 当初は明菜自身も「少女A」には少しハマりきれない気持ちを持ちながら歌っていたようです。 しかしながらこの「少女A」で明菜は「スローモーション」では叶えられなかった 夜のヒットスタジオにも初出演を果たします。 明菜はこの「十戒(1984)」で衣装や振り付け、髪型などを自分で考えるようになり、以降のシングルでは 選曲や歌詞にもどんどん自分の意見を出すようになっていきます。 この曲には実は違う元の歌詞がありました。 しかし、明菜は 「これではインパクトが足りない。 書き直して欲しい」と作家陣に注文を出すのです。 そのお蔵入りになった元の歌詞はその後12インチシングルで 「赤い鳥逃げた」という同曲異歌詞の曲としてリリースされています。 いよいよ天下を取った明菜の『歌姫伝説』が動き出します。 アイドルからアーティストへ 不思議/中森明菜 1. Back door night 2. ニュージェネレーション 3. Labyrinth 4. マリオネット 5. 幻惑されて 6. ガラスの心 7. Teenageblue 8. 燠火 9. Wait for you 10. Mushroom — 中森明菜応援 akinanakamorii また、明菜は 実験的なレコーディングも行っていました。 アルバム 「不思議」です。 歌詞も聴き取れないくらいエフェクトをかけまくったこのアルバムを聴いた人から、レコードが壊れているのではないか?と苦情が来るほどのものでした。 その後「不思議」のに収録した曲の中から5曲を、エフェクトをなしバージョンの「Wonder」というタイトルでCD化して発売をしています。 もう、 中森明菜はアイドルではなく、完全に アーティストに成長していたのです。 夜のヒットスタジオではアルバム「不思議」から「Back door night」と「マリオネット」の2曲を披露しているのですが、そのパフォーマンスは実に圧巻です。 明菜の名曲のひとつ 「難破船」もぜひ映像で見てもらいたいパフォーマンスのひとつです。 明菜は歌の世界にハマり込むあまり、美しい涙をスーッと流して歌うのです。 華奢なデコルテを露わにしたドレスとスタジオの演出も、何回も披露しているのにひとつとして同じものがなく秀逸なのです。 このように歌の世界を映画のように映し出す 劇場型の歌手として、明菜はちあきなおみに通じるものがあるとわたしは思っているのです。 その後も 「BLOND」では 全身をエルメスのスカーフで仕立てた衣装を着たり、自分のイメージに合わない演出をテレビ局側が用意すると、細かく明菜自らチェックを入れていたようでした。 そんなところから「生意気」「性格が悪い」などという誹謗中傷も生まれましたが、 明菜にとってはアーティストとして譲れないところがあったのでしょう。 現在の活動は Jeryl Luさん jeryllu が投稿した写真 — 2017 1月 10 2:55午前 PST 明菜は2010年の7月に自らのキャラクターを起用したパチンコ台のPRイベントに出席したのを最後に、 体調不良のため芸能活動を無期限休止することを発表。 しかしその間も夜のヒットスタジオやベストテンの映像をまとめたDVDボックスなどの発売もあり、復帰が待ち望まれていた。 2014年11月放送のNHK「SONGS」で明菜は久しぶりに元気な姿を見せてくれてファンを喜ばせ、さらには NHK紅白歌合戦にもサプライズゲストとしてNYから新曲 「Rojo -Tierra-」 を披露。 少し緊張の面持ちながら、その力強い歌声と、明菜らしいパフォーマンスを見せつけてくれました。 12月には 6年ぶりのオリジナルアルバム 「FIXER」を発表しました。 さらに 明菜はオーディエンスの前にも戻ってきたのです。 ディナーショーのチケット販売が開始されると、 高額にもかかわらず瞬く間に完売。 当初7日間の予定でしたが、急遽3日間追加公演が開催されることになりました。 明菜の完全復活です!中森明菜の変わることのない人気を世間に知らしめました。 この明菜の復活に喜んだファンは本当にたくさんいたでしょうね。 不死鳥のように蘇り輝きを取り戻した 『歌姫』中森明菜。 これからも歌い続ける限り大きな喝采を浴びることでしょう。
次の背景 [ ] 「スローモーション」は、1982年7月1日発売の『』からの先行として、1982年5月1日に : L-1600 で発売された。 シングル・レコードのには「スローモーション」の楽譜が掲載された。 初回盤にはカラーピンナップ付きアンケート用紙が封入されていた。 中森にとって、この楽曲はデビュー・シングルにあたる。 この楽曲は、・作詞・作曲で、が編曲を手掛けた。 プロデュースは小田洋雄が務めた。 本作のレコーディングはで行われた。 自身にとって初のレコーディングであったが、「スローモーション」のレコーディングでは、どうしても「スローモションー」と歌ってしまい、ディレクターのに複数回注意されてしまったと中森は明かしている。 「スローモーション」をリリースしてから3年後の1985年5月1日発売の映像作品『』にて、本曲のレコーディング風景が収録された。 でのレコーディングより帰国直後、デビュー曲の選考作業に入った。 デビュー曲の候補としては、スタジオ・アルバム『プロローグ〈序幕〉』収録曲から本曲をはじめ、「」、「」、「」の4曲が挙がっていた。 これらの楽曲のテープを持ち各地のレコード会社の営業所を周った後、さらに中森は「若い子の意見も聞きたい」との理由から、母校である清瀬中学校に赴き、生徒にアンケートをとっている。 このでは「Tシャツ・サンセット」が一番人気となり、次点が本曲「スローモーション」だったという。 中森本人は「銀河伝説」が好きだったが、最終的には「スローモーション」がデビュー曲となった。 中森は次作「」で『』に出演した際に(1982年9月23日放送)、「少女A」よりも「スローモーション」の方が好きですとのコメントを残している。 「スローモーション」は後の作品でも新録されており、1995年12月リリースの『』と、2002年12月リリースのベスト・アルバム『』にそれぞれ収録された。 2010年には、中森をモチーフとしたパチンコ台『』に本曲が新録された。 シングル盤「スローモーション」のとして発表された「条件反射」は、の作詞との作曲に、「スローモーション」に続いて船山が編曲を手掛けた楽曲である。 この楽曲もスタジオ・アルバム『プロローグ〈序幕〉』からの先行である。 批評 [ ] 『CDジャーナル』は「スローモーション」について、当然ながらその時代の様相が滲み出ていると指摘した上で、「意外なほど初々しい歌声のおかげもあってか、今の耳で聴いてもかなり新鮮に響く。 」と批評した。 チャート成績 [ ] 「スローモーション」は、の1982年5月10日付で初登場58位を記録した。 その後1982年7月26日付で最高順位30位を記録し、翌週の1982年8月2日付でも2週連続となる30位を記録した。 同チャートの100位以内においては、計39週に渡ってランクインしている。 収録曲 [ ] 全編曲:。 タイトル 作詞 作曲 時間 1. 「スローモーション」 4:07 2. 「条件反射」 4:03• プロデューサー: 小田洋雄• ディレクター:• ミキサー: 菊地功• 撮影:• デザイン: 持田恭男• プロモーター: 富岡伸夫 収録作品 [ ] スローモーション• 『』 条件反射• 『プロローグ〈序幕〉』 カバー [ ]• - 1983年12月に発表した企画アルバム『』でした。 - 1993年にこの楽曲をカバーしシングルとしてリリースされ、鈴木のバージョンはのCMソングに使われた。 編曲:富田素弘。 - 2006年発売の『』に収録。 - アニメ『』キャラクターソングとして2008年にカバー。 - 2008年発売のカバー・アルバム『』に収録。 Donna Fiore - 2008年発売のカバー・アルバム『fiore』に収録。 - 2009年発売ののカバー・『』で本曲をカバーした。 -2012年発売の『』に収録。 - 2015年発売の『』に収録。 - 2015年発売のカバーアルバム『PACK TO THE FUTURE』に収録。 参照 [ ] []• 2012年8月14日閲覧。 「スローモーション」. 1982年5月1日. L-1600. WPCL-770〜3. 中森明菜(歌手) 1985年5月1日. VHS. ワーナー・パイオニア.. 10PV-38• 中森明菜 2012年3月28日. 5DVD{DISC1}. MVCD-36001-3. 2002年12月4日 中森明菜『』のアルバム・ノーツ [12cmCD]. UMCK-1139. 2011年9月4日閲覧。 楽曲コメント. 音楽出版社. 2011年9月4日閲覧。 堤昌司 2009年6月10日. 中森明菜『』のアルバム・ノーツ, p. 2012年8月9日時点のよりアーカイブ。 2012年8月14日閲覧。 CT リリース・ノート. 「スローモーション」. 中森明菜. ワーナー・パイオニア. 1988年12月21日. 10L5-4040. 2012年8月14日閲覧。 2012年8月14日閲覧。 Listen Japan. 2011年7月21日時点のよりアーカイブ。 2012年8月14日閲覧。 ワーナー・パイオニア L-12531. 1982年12月24日 中森明菜『』のアルバム・ノーツ [LP]. ワーナー・パイオニア L-6501. 1983年12月21日 中森明菜『』のアルバム・ノーツ [LP]. ワーナー・パイオニア L-12590. 1986年4月1日 中森明菜『』のアルバム・ノーツ [LP, CT, 12cmCD]. ワーナー・パイオニア L-13030、LKG-5030、32XL-150. tenyears. 2012年8月14日閲覧。 音楽出版社. 2012年8月14日閲覧。 音楽出版社. 2012年8月14日閲覧。 M-9• 音楽出版社. 2012年8月14日閲覧。 音楽出版社. 2012年8月14日閲覧。 音楽出版社. 2012年8月14日閲覧。 音楽出版社. 2012年8月14日閲覧。 音楽出版社. 2012年8月14日閲覧。 音楽出版社. 2012年8月14日閲覧。 2014年12月12日. 2014年12月22日閲覧。 2015年7月10日. 2015年7月10日閲覧。 - 2. 灼けた夏 - 3. 長雨-ながあめ- - 4. 赤毛の隣人 - 5. 片隅にひとり - 6. そして、昼下り - 7. あなただけGood Night - 8. ほんのノスタルジー - 9. とにかく、あした - 10. Goodbye Day - 11. - 12. 気分は逆光線 - 13. 疑惑 - 14. 無口な夜 - 15. 吐息の日々 - 16. そっとMIDNIGHT - 17. 白いラビリンス(迷い) - 18. - 19. - 20. フェアウェル - 21. 時を咲かせて - 22. - 23. - 24. Silent Memory - 25. 夢より遠くへ - 26. 出会えてよかった - 27. ため息のあとで - 28. 愛する時間に - 29. 二人の場所 - 30. やわらかな刺激 - 31. 永遠なる序章 - 32. 浅い夢(ニューレコーディング) - 33. 渇いた季節 - 34. どこまでも恋心 - 35. 頬杖の幸福 - 36. 地上のスピード - 37. Day by day アルバム 1. - 2. 全曲集 - 3. NEW BEST - 4. - 5. Songs - 6. The Ballads - 7. Songs vol. 2 - 8. TAKAO GRAFFITI - 9. TAKAO GRAFFITI II - 10. BEST SELECTIONS - 11. GOODBEY DAY TAKAO KISUGI GREATEST HITS - 12. 来生たかお I 浅い夢 はぐれそうな天使 - 13. Love Song Avenue - 15. 来生たかおの世界 CM、ドラマ主題歌集 - 16. THEME SONGS - 17. 来生たかお Vol. 1 Best songs for you(original KARAOKE) - 18. 来生たかお Vol. 2 Best songs for you(original KARAOKE) - 19. 二人の場所 Ballad Selection - 20. スペシャル1800 - 21. The Best of TAKAO KISUGI - 22. SINGLE COLLECTION I 1976〜1984 - 23. SINGLE COLLECTION II 1984〜1995 - 24. TREASURE COLLECTION - 25. SUPER VALUE - 26. super best collection - 27. 夢の途中に… - 28. 浅い夢〜夢の途中 - 29. - 31. - 32. BEST 10 - 34. 来生たかお 〜魅惑のヒット集〜 - 35. 来生たかお大全集 - 36. BEST - 37. BEST スローモーション - 38. Song Book - 39. Essential Best - 40. TAKAO KISUGI Best Selection - 41. THE PREMIUM BEST ライブ.
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