パイドン 手塚 治虫。 手塚治を学習したAIか描く漫画パイドン!これは盗作なの?

「ぱいどん」の試し読みはどこでできる?AIが描いた手塚治虫の漫画を全話無料で読む方法

パイドン 手塚 治虫

漫画・が大好きな私。 「もし、手塚治虫先生がご存命だったら」 何度かそんなことを考えたことがあります。 でもお亡くなりになられた今、 それは単なる妄想にすぎません。 ・・・という時代はもう終わったようです。 年末ので歌手のさんが復活したように、 手塚治虫先生の「31年ぶりの新作」を 「AI技術」で生み出すという、 前代未聞のプロジェクト「TEZUKA2020」が立ち上がりました。 出来た漫画、 その名は 「ぱいどん」。 AI技術で漫画ができるってどういうことなのでしょう。 ストーリーは、手塚治虫作品の世界観・時代背景・キャターなどを人間が分析し、データ化した上で、AI技術に学習させ、漫画の世界観、登場人物像、あらすじなどの構成要素から成るプロットをAI技術が生成。 そのプロットから人間が発想を広げてシナリオ化した。 その顔画像から人間がシナリオに沿って服装等のキャターデザインを行った。 (この制作に取り組まれたキオクシア株式会社のHPより) 私には分かったような分からないようなですが、 完全にAIが作成したわけではなく、 人間もかなり関わっていることに少し安堵の気持ちも覚えます。 テレビで少し聞いた説明によると、 AIは、漫画(白黒の線画)の顔を「顔」として認識できなかったり、 言語表記のない「表情のみ」から感じとるキャターの感情などを読み取ることができないので、 かなり苦戦したとのことでした。 さて、 2月27日発売の雑誌「モーニング13号」に前編が掲載され、 噂に聞いていた私、さっそくチェック。 主人公の名は、作品名そのもの、「ぱいどん」。 哲学者の弟子『』に由来しているようですが、 日比谷でホームレス生活をしていて、どうも記憶喪失な感じ。 そして片目がありません。 ぱいどんの傍には、 小鳥ロボット「アポロ」と人型ロボットのが寄り添っているのですが、 この小鳥の「アポロ」の体内に、ぱいどんの左目が入っています。 そしてこの左目には、スキャン機能があるようです。 そしてこの語尾に『ピ』を連発する小鳥アポロがきっと、 的なポジションかな。 2030年の東京・日比谷で、 記憶をなくしてホームレス生活をおくるぱいどんが、 小鳥ロボット・アポロとともにとある事件を解決するべく立ち向かう、というストーリーだそうです。 前編だけど21ページで終了。 一瞬で読み終えてしまったけれど、さすが(byAI 作品です。 やはり哲学的なコメントもあり、 深く何度も読み返す箇所もありました。 後編は、いつどのような形で発表されるかは未定です。 名古屋の弁護士~山口統平法律事務所~ いつも応援ありがとうございます。

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AIが手塚治虫の新作漫画「ぱいどん」を創造。2月27日発売の「モーニング」に前編を掲載

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目 次• 作家性とは何か? 作家性とは、 作品を通じて表現される作者の価値観やスタイルのことです。 また、九州大学・芸術工学研究院の教授を務める知足美加子さんはのなかで、 芸術における作家性を「作り手の意識」として説明しています。 厳密にいえば、作家性という言葉の辞書的な定義はありませんが、 作家自身の精神性を意味する言葉として使われているといってよいでしょう。 例えば、 「私は作家性の強い映画を見たい」といえば、監督の思想がはっきりと示されている作品を鑑賞したいと解釈されることになります。 TEZUKA2020に作家性はあるのか? 近年、AI(人工知能)に作家性をもたせようとするプロジェクトが話題を集めています。 具体例を挙げると、手塚治虫の作風をAIと人間の力で再現しようと試みる「TEZUKA2020」は、『パイドン』という新作漫画を発表しました。 そもそも、手塚治虫が描いてない作品に本人の作家性を認めてしまえば、 「手塚治虫の精神性はデータで再現できるような形式的なことなのか?」と疑問に感じる方もいるかもしれません。 しかし、 マンガのような創作物は絵と物語が一体化して表現されるので、作品のカタチにも作者の価値観が反映されている場合があります。 具体的にいえば、同一人物が描いた違う漫画を読んだとき、作画にどことなく似たような雰囲気を感じることがあります。 宮崎駿氏のジブリ作品は最たる例だといえるでしょう。 これはキャラクターを絵として描き出す際に、作家の人間観が反映されるからだと考えられます。 そのため、 AIが学習対象として手塚治虫の作品をインプットするならば、絵に込められる作家性がカタチとして再現されたとしても不思議はありません。 おそらく、『パイドン』に登場するキャラクターのデザインに手塚治虫らしさを感じる人たちは、たくさんいるでしょう。 いずれにしても、 AIに既存の作家の個性や価値観を再現させようとする挑戦は、クリエイティブ産業が必ずしも人間の領域ではないことを暗示しています。 もし、無数のマンガをビッグデータとして活用する作品が生まれたとしたら、人びとがAIの作家性を認める日が訪れるかもしれません。 作家性はオリジナルなものなのか? 作家性はオリジナリティの概念と密接に関わっています。 オリジナリティとは、他人を真似するのではなく、自分の思考と感性で新しい価値を生み出すことをいいます。 日本語では「独創性」と訳されていますが、その意味をじっくりと考えてみると、捉えどころのない言葉だといえます。 私たちの価値観は他者との関わりのなかで育まれていきます。 普段、自分が何気なく使っている考え方でも、元々はだれかが使っていたものかもしれません。 そうすると、「どこからが真似になるのか?」の答えが極めて曖昧になります。 それは裏を返せば、 「純粋な独創性はあり得るのか?」といった疑問へとつながっていきます。 私たちはクリエティブについて語るとき、「0から1」や「無から有」といった概念を用いることがあります。 けれども、ほかの数字や有の概念を意識することなく、0や無を語ることができない以上、すべては「有」の世界にあるはずです。 これは日本創造学会で評議員長を務める高橋誠氏の「創造」の定義にも表現されています。 したがって、 作家の価値観も他者や環境との関わりを前提として存在している以上、純粋な独創性として語ることはできないのではないでしょうか。 その意味では、 作家性は必ずしもオリジナルなものではないと思います。 人間がAIに作家性を与える!? このように考えていくと、 第三者のデータをインプットしたAIでも新しい価値を創造できるといえますが、AIそれ自体に作家性を認めることはできるのでしょうか。 作家性は作者という存在を前提としています。 作者が人間である以上、主体的な意思の働きがあります。 だからこそ、その人間が生きた過去、現在、そして未来に関する一切の営みから精神性が現れてくるといってよいでしょう。 AIは人間の能力を部分的に再現することに成功していますが、あくまでも物理的なシステムです。 人間がプログラムしたデータが基盤となっている以上、そこに自発性を見いだすことはできません。 もちろん、シンギュラリティ(技術的特異点)の話もあるので、「現時点では」という条件付きですが、アニメの世界のように 自意識を持ち、作り出す価値についてこだわりや思考を形成しない限り、AIの価値観を語ることはできないと思います。 けれども、 読者や関係者がAIに作家性を見い出すことはあり得るかもしれません。 『パイドン』の例でいえば、本人の作家性とまではいえなくても、手塚治虫のデータから派生した物語として何らかの価値が表現されていることは確かでしょう。 そこに 読者がさまざまな解釈を与えていくと、全体として共有できる作家性が形成される可能性があります。 この辺りは解釈学が関わる複雑な話になるので割愛しますが、AI作家が誕生することで、作品の価値を生み出すのは作家だけとは限らないことが鮮明になってくる気がします。 クリエティブ産業の常識が変わるかもしれない これまでは作家が読者に発信する精神性に焦点が当てられてきましたが、A I作家の場合は、その価値を問うのは読者や関係者になるはずです。 すなわち、クリエイティブ産業の担い手がクリエーターだけに限らない時代がすぐ近くまで迫っているのではないでしょうか。 自分は絵が下手だったとしても、上手な絵を学習したAIが書いた絵に精神性を与えて発信するようなことが起こらないとはいえません。 それこそがTEZUKA2020のようなAIのプロジェクトがもたらすクリエティブ産業の転換点なのだと思います。

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“手塚治虫らしさ”をAIが学習、新作漫画「ぱいどん」誕生 「モーニング」に掲載

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これからどのくらい学習してくれるかにかかっていますが、なんか不自然な感じが拭いきれませんでした 確かに絵は似ている。 けれど何処か違う。 そんな感じです。 話もなんか、、、つまらない。 私の語彙力も足りませんが、それでも形容しにくいつまらなさと気持ち悪さ。 友達のドッペルゲンガーに話しかけられるような感じの気持ち悪さがありました キャラクターにも魅力がない。 男女共に色気を感じないし、鳥型ロボの口調も違和感をたっぷり感じます。 手塚先生のキャラでピーピーいってた奴いたっけ… ギャグもただヒョウタンツギやスパイダーをだじゃあいいってもんじゃない。 スターシステムって言う素晴らしいものを残しておいてくれたんだからさ、思い切ってロックも起用すれば良かったのに 絵だけ似ている二次創作を見てる気分です。 面白くありませんでした。 面白くない時代(1980年代の子供向け漫画)の手塚作品の雰囲気です。 男性読者としては、男性キャラは不細工でもなんでもいいのですが、女性キャラの魅力(色気)が全く感じられません。 手塚氏の作品の魅力の一つで、男性読者が期待することの一つは魅力的な女性キャラです。 補足で頂いたURLで見ると、パイドンの参考画像は1970年台と言う事で、手塚氏がスランプ脱出後のブラックジャックや三つ目の時代の絵柄を参考にしたとのことです。 この当時の男性キャラ(B. Jや七色インコ)は女性には人気でした。 1970年~の手塚作品に登場する女性は、手塚氏全盛時(1960年代)に描かれていた匂うような美少女の面影はなくなり、女性の魅力が薄れていた時代の絵です。 女性キャラだけは1960年代の絵柄も参考にして欲しかったです。 さらにパイドンでの女性キャラ担当は、イタコ漫画家のツノガイ氏(女性)とのことですが女性作家は男性の好む女性の絵は描けないのです。 よく見ると、老齢の為既に絵が劣化して魅力的なキャラが描けなくなっているイタコ漫画家の池原氏の影も見え隠れしてがっかりします。 ぱいどんで一番興味があったことは、AIと人間がどんな仕事分担をしたかと言う事ですが、紙面ではその辺があまり詳しくなかったです。 製作途中の画像とか制作過程をもっと多く見えるようにして欲しかったです。 次回作はB. Jやマリンエクスプレスのように、手塚スターが活躍する新作が読みたいです。 作業風景やプロモーションも見ました。 単純にAIが目や鼻を認識し、中間キャラクター…平均化したものを出力する感じです。 ストーリーもそんな感じです。 雰囲気だけは出てますが、全て平均化されてる感じで、ストーリーからは「らしさ」が感じられないですね… 手直しが必要という事は、AIが作ったものだけでは、ただの情報の羅列で、辻褄が合わないんでしょう。 結局ほとんどクリエイター達がつくってる感じです。 元アシスタントさんが描いてるので、絵はさすがに上手いです。 手塚先生の情報は入ってるけど、全体的にエッセンスは感じません。 現状の評価としては、クリエイター達の手塚治虫オマージュ作品という域に留まるでしょう。 キャラクターが平仮名4文字の浮浪者という事で、 本年公開の「ばるぼら」に寄せてるのは、結局ただのプロモーションなんじゃないか、という気さえします。

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